《11》やっと退院できるの?
からすの病院へ到着した時は夕食の直前だったので、あまり話しはできなかったのだが、
「とにかく買ってきて貰った本を読んで、できるリハビリとかやってみるよ」
と、からすは精一杯前むきな発言をしてくれた。
「頑張ってね、他にもリハビリについての情報調べて、また何かわかったら知らせるからね」
そうかもめは言って、その日は帰宅した。
からすが入院してからは病院へ行く日は帰宅が夜になる事が多かったので、いつも午前中のうちに買い物やむくの夕食の支度を済ませて、午後から病院へ出かけていった。
また出かける時間によっては結構遅くなって疲れてしまう事もあったので、そういう時には外で食事を済ませてから帰宅する事もあった。だからむくと過ごす時間は極端に減ってしまい、殆どほったらかしのような状態になっていた。
引っ越して環境が変わって友人関係にも変化があったり、また学校生活についても様々な悩みを抱えていたであろうむくの話を聞いてあげる時間などは殆どなく、とても寂しい思いをさせていたようだった。
からすが病気になっただけでもショックだったむくを、更に悪い状態へ追い込む材料は幾つもあったのだろう。
多感な年頃のむくの不安はかもめの想像以上だったようだが、からすの自分の病気に対する不安もかなりのものだったようだ。からすは毎日ろくに食べる事も出来ずにただ点滴ばかりの生活を送っていたので、殆ど回復の兆しの見えてこない自分の状態に不安を感じ始めた。
「このままでは食べられるようにならない。早くちゃんとしたリハビリをしなければ」
と焦燥感にも駆られるようになっていった。またそれと同時に鬱の傾向も見え始めた。
ふつう入院している病院では何かしらのリハビリはできるものだと考えていたのだが、からすの入院していた病院は総合病院だったにも関わらず、リハビリテーション科が無かったのでリハビリが殆どできない状態だった。
ひどい(嚥下障害)にも関わらずリハビリを全く受けられない(食べようと口に入れることもリハビリなのかもしれないが)、という信じられない状態だったのである。
「入院当初よりは回復して良い方向へは向かっています。しかし通常ならそろそろ脳梗塞の発症時に現れた麻痺症状が緩和されて来てもよい時期なのですが、まだ麻痺が残っているので回復にはもう少し時間が掛かりそうです」
「〇〇さんの場合はもう少し落ち着いたら別の病院へ転院してリハビリを始めたほうがよいと思います」
そんなあるひ主治医がからすの部屋に回診してそう言った。
「入院したときよりは麻痺はよくなっているんですか?」
鬱傾向のからすは心配そうに担当医に尋ねた。
「少しでも良いほうへ向かっているのならいいのですが?」
「大丈夫です。良い方向へ向かっていますよ」
主治医からそう聞いてからすは安心した。しかしこの病院では脳神経外科ではなく、内科医が主治医だったのでそれはかなりのなぞだった。
「ただ転院は点滴を外せていないと駄目なので、点滴と併用して鼻からチューブを入れて、流動食を始めてみようと思います」
「今は症状が安定しついるようなので、今日から始めてみましょう」
「そして体力がついて点滴が外せたら転院が可能になりますので、そろそろ転院先も探し始めるとよいですね」
と先生がおっしゃった。
(鼻からチューブ???)
(もしかしてそれって、もう永久に口からは食べられないそうにないからってこと?)
その時かもめはそう悲観的に考えたのだが、後から聞いたらからすも同じように考えていたらしい。
ショックではあったが悪い方向に考えているより、とにかく早く何かしらリハビリにとりかかるのが先決という気持ちが優先して二人ともすぐにマイナーな考えは吹き飛んだ。
転院に当たっては嚥下障害はそれ専門のリハビリができる病院でなければ難しい。嚥下の様子を検査する投影機が完備されていなければいけないし、専門医、理学療法士、言語聴覚士等、様々な方の協力が無ければリハビリが成り立たないのである。
その上専門のリハビリ病院の数が圧倒的に少ないので、(正直いって転院先を探すのは難しいかも、いつになることやら?)とかもめは思った。