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《8》ベビーフードが食べたい

 からすが入院して3日後ぐらいに病院へ行くと、からすの個室がまた別の部屋に変わっていた。

「隣の部屋の患者さんが夜中に痛がって苦しむ声が聞こえてきて、夜寝られないんから部屋を変えてもらったんだよ」とからすが言った。

 それまでは想像した事がなかったが、どうやら病院という所は夜中に呻き声や苦しみの声が聞こえてくるものらしい。そういう話を聞くと改めて病院とは病気は治してくれるが、知らない人や白い壁に囲まれた恐怖の館だと実感した。

 入院患者の方々には申し訳ないけれど、改めて病院は出来ればお世話になりたくない、怖い場所だともかもめは思った。

 食べ物さえろくに食べられず、殆ど点滴だけで生き伸びているような状態のからすにとっては、夜寝られない事は更に体調を悪化させる事に思えたので、別の個室に変われた事は良かった。また室料は前回の部屋と殆ど同額ぐらいだった。

 個室は別料金なので、それより高いのは勿論だがその料金の個室でも、常に満室というわけではなかったようだ。

 それから入院後約一週間が経過してが、からすの状態が改善される兆しは無く、食べ物はおろか飲み物も飲み込めない状態が続いて日に日に痩せていった。

 それでもからすは諦めようとはせず、絶対に回復すると信じて何とか食べようと、とにかく病院で出された食べ物を懸命に口へ運んでいた。しかしそれらは殆どからすに飲み込まれる事は無く、相変わらず吐き出すだけだったので、身にはならなかった。そんな日々が続いた。

 後になってから、実は例え食べられなかったとしても、食べ物を口に入れたり飲み込もうとするこの行為自体が、リハビリになっていたということが解ったのである。

 それを見ていたかもめは辛い気持ちと同時に、(段々とこのままではからすがやばい、何とかしなければ、)と感じるようになっていた。しかし一方では必ず良くなるという事は信じて疑わなかった。

 入院後一週間が経過した頃からすが言った。

「病院のペースト状の食事は、全然美味しくないんだよ。

「先生が赤ちゃんの離乳食とかペースト状の物で瓶詰めとかの物なら病院に持って来て、食べてもいいって言ったよ。だから今度来る時に持って来て」

「へーっ!そうなんだー!?じゃあ明日来る時に、どこかで買って持って来るねー!」 そう言ってその日は帰った。

 翌日、マンションの近くのドラッグストアやスーパーでペースト状の離乳食を探してみた。けれども住んでいる場所があまりにも都会で、ファミリー世帯が極端に少ないせいか、離乳食を取り扱っているお店がとても少なかった。

 また珍しく離乳食コーナーがある店舗でも、離乳食初期に食べるペースト状の物は残念ながら置いていなかった。

「どこのお店にも置いてないよ」

「えっ?ないの?他の場所はどうかな?デパートならあるんじゃないの?」とややがっかりしたようなからすの声。

「デパートか?!、それならあるかもね」

 離乳食が置いてありそうな、郊外のお店まで出かける時間も無く、どうしようかと考えていた矢先だったので、デパートというのは良い考えだと思った。

 ずっと以前に友人の出産祝いをデパートの赤ちゃん用品売り場で購入した時に、ベビーフードが置いてあった事も思い出したので、そこならきっとあるような気がした。

 池袋や新宿ならデパートが沢山あるけれど、からすの病院とはちょっと違う方向。向かう途中にあるのは日本橋高島屋なので、まずそこへ立ち寄る事にした。

 はたして日本橋には置いてあるのか?、疑問に思いながら高島屋の赤ちゃん用品の売り場へ行ってみると嬉しい事に離乳食が置いてあった。種類は多くは無かったけれど、離乳食初期に食べるペースト状のベビーフードが確かに並んでいた。

(良かったー!)と一瞬心から思った。だがそのベビーフードの値段を見るとちょっといいお値段。どうやら高級品だったようだ。(買わなくてもいいか?)

 高いからといって持っていかないとからすが悲しむので、取り敢えずからすの好きそうな薩摩芋やりんごのペーストを2、3個ずつ購入した。

 その時は、自分や友人の赤ちゃんの為に購入するわけではなく、大の大人であるからすの為に購入するのだからとても複雑な、変な気分だった。

 店員さんは(まさかこれを大人が食べるとは思はないだろう)、そう考えると何だか可笑しいような気もした。

 病院に着いて、からすに離乳食を渡すととても喜んでくれた。

「薩摩芋、美味しそうだね、後で食事の時に食べるよ」

 あんまり喜んでくれるので、これらを食べたら本当に嚥下障害が治るのではと感じたぐらいだったが、一方ではこういう物で喜ぶなんて、何だかからすがとても可哀想にも思えた。

 飲み込む(嚥下)の状態が離乳食初期の赤ちゃん並みに、いや、産まれたての赤ちゃんでも液体は飲めるのだから、からすの状態はそれ以下になってしまったのだ、とその時実感した。本当に可哀想なからす。

 その日は夕食の時間までは病院にいなかったので、からすが離乳食を食べている姿は見なかったけれど、夕食の時には食べたらしい。

「薩摩芋、美味しかったよ。有難う」というメールがその日の夜かもめに送られて来た。

「ちょっとは食べられたの?」

「ちょっとずつだけど時間をかけて食べたよ。美味しい物だと飲み込めてる気がする。病院の食事は不味いから余計飲み込めないみたいだよ」

「良かったね。少しずつでも食べられるようになるといいねー!」

 これをきっかけに少しずつでもからすの状態がどんどん改善されると良いな~、とかもめは思ったのである。




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