3話
「私は血迷ったんだな、きっと。気持ちが落ち込んで、考えがまとまらなくて」
「うんうん」
美しい庭園、美味しい茶菓子、そして目の前には高貴な身分の麗人。
穏やかな陽気のガゼポで、私は、何故か自分を友人扱いしてくる麗人、ロゼッタ=ブリストン公爵夫人とお茶を飲んでいた。
「身請けされた後に、エドガーが伯爵だって聞いて、びっくりしたわ」
私を身請けした男、てっきりやり手の商人か何かかと思っていたら、結構なご身分の貴族だった。あー、愛人か、まあそれでもいいか、と思っていたら、婚姻手続きの書類を書かされた。
え、あんた初婚よね?それこそ身分違いの内縁の妻でも居たの?でも普通そっちを妻にするわよね。ああ、どっかと交渉の材料にでもするの?認めてくれないならこっちと結婚する、とか。
そんなに信用無いのか、ワシは悲しい、って、浮気を責められる亭主じゃあるまいし。気分的にはそれ?
どこに娼婦を妻にする伯爵がいるのか、と言ったらここにいると言われた。流石に辞退しようとしても、もう金は払ったの一点張り。酔狂で後妻や公妾に、ってのは聞いたことがあるが、初婚で正妻に、なんてのは風の噂でも聞いたことが無い。何考えてんの、って問い詰めたら、顔を真っ赤にして『お前を気に入っているだけだ』ってさ。
あら、可愛いハゲじゃないの。
「身請けの金の分くらいはご奉仕してやるよ、って言ったら喜んじゃってね」
「うんうん」
「まあ、私もね、もう避妊とか病気とか気にしなくても良い、ってちょっと開放的になっちゃって」
「ふんふん」
「勢いあまって朝までやっちゃったわ」
「ふわー」
「しかも次の日からも連日、あの人絶倫過ぎで、腰が痛くって。処女だったらもっと辛かったかもしんないね」
「…」
前で聞いてるロゼッタも、控えてる侍女さんたちも顔が真っ赤である。まあ、真昼間から公爵邸でこんなあけすけな話してるの、きっと私くらいだろうねえ。そういや、他の御貴族様たちは茶飲みながらどんな話してんのかねぇ。娼館で話と言えば、客のイチモツと贈り物の話ばかりだったからなぁ、マウント合戦が面倒だったわ。
「ねえ、その、どんなことしてるの?」
ロゼッタの言葉に、侍女さんたちがざわつく。普段は気配すら消しているのに、優秀な彼女たちには珍しく動揺したようだ。
「どんなって、ナニをしてるだけだよ」
「そ、そうなの?」
逆にナニ以外の何をするんだよ。語らいか?高い金払ってまでヤらずに語らい、まあ居ないとは言わないけどさ。あ、そういや私身請けされてたわ。
「まあ、あの人も遊び慣れてるんだろうね、女がイイところ知り尽くしてるんだよね」
娼館じゃ、そこまでとは思わなかったけど、あんまりがっつくのも紳士としてどうかとか、私を気に入ってたから無理させたくなくて気を遣ってたとか。本気かこのハゲ、と思ったが、ちょっと煽ってやったら枷が外れたらしく、なかなかに酷い目にあわされた。
あれは危険だ、本気になったら熟練娼婦でも堕としかねない。
「そこはなんていうかな、元職としてはやられっぱなしも癪に障るし、ね?」
私も男を悦ばせて稼いできたという自負はあるのだ、そんな自負要らないかもしれないが、なけなしの自尊心である。エドガーは、その自尊心を大事にしてくれるのだ。穢れた自尊心、とか貶めるようなことは言わない。逆に労わってくれる。もう、惚れるなという方が無理である。
「くそう、あの女たらしめ」
「ふふっ、でも結婚してからは、貴女一筋と聞きましたよ?奥様溺愛振りは王宮では有名ですから」
「は?エドガー、あの人王宮勤めなんかしてるの?」
「そうでしてよ?まさかお聞きになってない?」
「聞いてないわ」
「えぇ…」
ずっと書斎にこもってるもんだとばかり。ロゼッタはちょっと驚いたようだが、すぐに貴族スマイルになった。あ、これロクでもないこと考えてる顔だわ。
「ねえティアナ、貴女、私と一緒にお茶会に行きませんこと?」
「いや、私はもうあんな場には行きたくないわ」
「あら、やられっぱなしでも良いんですの?」
くそう、火の付け方を良くご存じで。
「良いわけないでしょうが。でもあのひたすら気遣いと嫌味の応酬は私の戦場じゃないわ」
あれなら娼婦同士のマウント合戦の方がまだ可愛い。私も他の子も、取り繕ったりしなかったからなぁ。
「まあ、きっと程度の低い会合に出られたんですね」
程度は、うん、低かったかな、確かに。眉を顰めるほどでは、あるかな?
「私の家の爵位、覚えていますか?」
そうなのだ、時々忘れるが、この人、ロゼッタは筆頭侯爵家の令嬢で公爵夫人なのである。今の王家には王女が居ないらしく、貴族社交の中で、女性としては王妃に次ぐ地位、雲上人も良いところである。とはいえ、貴女の参加する茶会って、どう考えても高位貴族しかいないでしようが。下手すると王妃まで出てきそうだけど。そんなところ、マナーも何もない私は、絶対お呼びでないわけで。
「私ね、確かに格式張った茶会も主催しますけど」
主催するんかい、まあ、そうだな、公爵夫人だし。
「格式なんて気にしない、それでいて大人な茶会も開いてるんですよ」
…あ、これも茶会なのか?そうなのか?なんか違う気がするけど。
「やっと恩返し出来ますわね」
私、何か貴女に恩売るようなことしたっけ?
おい、結婚式とかどうしたんだよ(えー




