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侯爵家の控室に行くと両親が待っていた。王弟である義父と義母、義兄とその婚約者の公爵令嬢も入室しお互いに頷きあって、心を確かなものにした。
「兄上にはどうするつもりなのかと聞いたのだが、今日のところは勘弁して欲しいと頼まれてしまってね」
困り果てたようにお義父様が言った。
「あれのことだから無理難題を言ってきますよ。留学なんかより修道院に入れておけば余計な騒ぎにならなかったものを。陛下が甘やかすから。
フランと別れるつもりはありませんから」
「ブラッド、きっと大丈夫よ。愛しあっているところを見せつけましょう」
「そうだね、思い切りべたべたしようか。片時も離れないようにしよう。兄上達も気をつけて。油断してはなりません」
「ああ、分かっている。困った従妹殿だ」
そうして夜会が始まった。色とりどりのドレスの花が咲いて彼方此方で花園が出来ていた。香水の混じった匂いは未だに慣れない。公爵家のお義父様達が入られると王族の入場になる。
陛下と王妃様王太子ご夫妻、帝国に嫁いでいった王女様はおられない。そして噂の王女様だ。見目は金髪碧眼で陛下譲りで美しい。中身が残念でなければだが。
「皆の者、留学を終え王女が帰国した。祝いの場である。楽しんで欲しい。ではファーストダンスをブラッド頼む」
「陛下、私は先日ここにおりますフランシーヌ・マクレーン侯爵令嬢の婿になったばかりでございます。ファーストダンスは新妻と踊りとうございます。殿下は王太子殿下と踊られてはどうでしょうか」
ざわざわと貴族の間から声が上がる。「陛下は新婚の邪魔をするのか。野暮というものではないか」「お二人は幼少から仲睦まじく過ごしておられましたのに」「私達も仲が良いと離されるのか」若いカップルが呟くのが聞こえた。
ざわめきはなかなか止まらなかった。
我慢が出来なくなった王は王太子に命じてファーストダンスを踊らせた。
その後で陛下と王妃、王太子と妃殿下が踊った。ぎりぎりと悔しい思いを飲み込んだのはミランダ王女である。
「ブラッド、後で謁見室に来るように。結婚祝いを与えよう」
「ではダンスを踊りましたら妻と一緒に参ります」
「それも良いかもしれないな、きっと喜ぶと思う」
何やら黒い笑みを浮かべ王女が言った。
アレクサンドル公爵家とマクレーン侯爵家は気を引き締めた。
貴族たちは先ほどの王家の態度に思うところがあったが、声をあげるわけにもいかず、成り行きを見ることにした。
ダンスをたっぷり三曲踊った後、飲み物を侯爵家の手のものから受け取った二人はゆっくりと飲み干し謁見室に向かった。侍女と護衛が付いていたが王室専用だからと手前で引き離された。
エスコートされていたのに途中でどこかの部屋にフランシーヌだけ引き込まれた。
「ブラッド様」
というフランシーヌの声は小さくなって途切れた。
ブラッドが入ったのは謁見の間でもないミランダの私室だった。
「お前、妻をどこにやった」
「側にいたのに攫われる間抜けが悪い。どうして結婚した?私を待っているのではなかったのか?」
「そんな訳がないだろう、あれだけ嫌いだと言って聞かせたではないか。虫酸が走る」
「そんなことを言っても良いのか?
お前の可愛い妻が酷い目に遭うやもしれないぞ」
「どれだけ馬鹿なんだ。無理やり言うことを聞かせても心は手に入らない。それにフランシーヌに何かしたらお前を殺すまでだ」
「離婚をしろ。そうすればフランシーヌだったか、お前の大切な女には手を出さない。そして私と結婚して絵のモデルになれ。隣国で絵に目覚めた」
「離婚なんてしない。お前と結婚なんてもっと嫌だ。蕁麻疹が出る。
絵のモデルなら普通に頼めよ。嫌だけどな。生理的にお前といるのは無理。
いるだろうが王女様という身分に目の眩む奴。そういう奴の手を取れよ。フランシーヌに何かしてみろ、殺すぞ。
おい、影フランを連れて来い。一分だけ待ってやる。早くしないと王女様が死ぬぞ」
王女の背後に素早く回り刀の切っ先を首に当てた。コチコチと時計の音が聞こえて来る。
「私を殺せばお前の女は胴と首が離れる。それに一族郎党打ち首だぞ、良いのか」
「望むところだ、離婚するなら死んだ方が良いと妻が言うのでな。
お前なんかと血がつながっているだけで反吐が出る。父上達も覚悟の上だ。
お前が大馬鹿者なのは伯父上達の育て方の失敗だな。
フランに傷が一筋でもあったらまずお前を殺して晒し首にする。
伯父上も伯母上も皆一緒だ。さぞかし眺めがいいだろうな。何が絵のモデルだ、気持ちが悪い。馬鹿は休み休み言え。影遅いぞ」
マクレーン侯爵がフランシーヌを横抱きにして入って来た。
「お義父上フランに傷はありませんか?」
「ああ、眠っているだけだ」
「衛兵この馬鹿を縄でぐるぐる巻きにして貴族牢に入れておけ」
後ろから聞こえてきたのは王太子の声だった。王弟である父の姿も見えた。
ことが終わったのは夜が明けた頃だった。王と王妃は椅子の上で縄で縛られていた。甘やかして育て愚者にした罪は重い。王女の命令に従ってブラッドを案内した者、部屋にフランシーヌを引っ張り込むのに協力した者、全て逮捕され地下牢に放り込まれていた。
「陛下、退位してください。妹のやった侯爵令嬢の誘拐とその夫への脅迫。陛下の夜会での新婚夫婦を引き裂く言動、貴族達が王家への信頼を失いかけております。何より隣国から王女への苦情が山のように届いております。躾のできていない王女を寄越して戦争がしたいのかと」
「分かった、退位する」
渋々王が頷いた。
「北の塔に幽閉させていただきます。ミランダはここまで国際問題を大きくしたのです。責任を取って毒杯です。よろしいですね」
「好きにするが良い」
力無く元王が答えた。
次回が最終回になります。
ざまあになりました。
誤字報告ありがとうございます!助かります。