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両親とノエルにブラッド様とサミー様とフランシーヌの六人で夕食を囲んだ。
食前の挨拶の後、歓迎の意味を込めたご馳走がテーブルの上に広げられた。
南瓜のポタージュや厚いビーフステーキに彩りの良いサラダ、白身魚のレモンソースの揚げ物等がこれでもかとばかりに供された。
ノエルは果実水が大人には赤ワインと白ワインが食前酒として出された。
「こんなに豪華な食事は久しぶりです。美味しかったです。いつもは大学の食堂で食べるのですが、時間を忘れてしまうと食べなかったりしますので感激です」
「では、我が家にいる間だけでもしっかりと食べていただかないといけませんわね」
夫人がにこやかに言った。
「ありがたいです」
「この後お茶を飲んでから古書を見ていただきましょうか。と言っても本物ではなく写しですよ。娘は古書だと思ったらしいですが、それらしく作ってあるのだと思います。なのであまり期待をしないでくださるとありがたいです」
「中身が一緒ならどうってことはありません。収集家なら垂涎物でしょうが」
実はサミー氏の為人が分からないのでマクレーン侯爵は写しを作らせていた。
古書が本物なら屋敷の奥深くにしまって、家宝にしなくてはならかったからだ。
信用に足る人物だと分かれば後で本物を見せるつもりだった。
寛いだ後、早速侍従がワゴンに古書を載せて運んできた。
胸ポケットから白い手袋を出したサミーは壊れ物を扱うように本を捲り始めた。
「残念ですがやはり元の本ではないようです。それらしく見せかけた新しい物ですね。でも書かれている事は興味深いです。古代魔法について書かれています。
皆様指の先に神経を集中させてみてください。温かくなりませんか。魔力には火、水、土、風、闇、光があると言われています。私に魔力があれば流れをお教えできるのですが」
皆が指先に神経を集中したが、誰も温かくはならなかった。
「あのサミー様、遠いところを来ていただいてこんなことを言うのは恥ずかしいのですが、そんなに大きな魔法が使えなくても良いのです。
貴族だけでは無いと思うのですが、嫌がらせをされることがあって、ちょっとした仕返しが出来たら良いなと思っていたところに書庫でこんな本を見つけて、調子に乗ってお願いをしただけなのです。子供っぽくって申し訳ありません」
フランシーヌは自分の都合の為に真面目そうなサミーを巻き込んだことを、悔やんでいたので精一杯謝った。
「謝っていただかなくて良いですよ。私は研究が専門です。
何でも良いのです。参考になるものがあれば嬉しいので伺っただけです。考古学のようなものです。
こちらに古書の写しがあるということは、その可能性が僅かでもあるかもしれないという可能性があります。
それが研究の参考になればありがたいことです。
普段は貴重な魔石を使って魔道具を再現する仕事もしています。科学の時代なのにです。
しかし見も知らない私をそんなに信じて貰って良いのでしょうか?」
「例えばどんな物を作られているのでしょうか?」
父が尋ねた。
「貴重な昔の魔石が残っていますので装飾用の室内のランプのような、美術品を作っています。国宝級なのでお目にかけられなくて残念ですが。ご結婚されるならアクセサリーがお勧めです。お守り代わりになります。ほら私もピアスにして身につけていますが、今まで怪我や病気をしたことがありません」
「恋愛小説に出て来るように魔獣から取れた魔石が残っているのですか?」
フランシーヌが感心したように言った。
「そう言われていますね。今では絶滅しているので、そうだろうとしか言えませんが。本にはおまじないのようなものが使えると書いてあります。詳しいことは古代文字で書いてありますので読み込んでいく必要がありますが」
「そのおまじないって肌の艶が無くなるとか、お手入れしても手がガサガサになるとか出来ますの?」
「それくらいの簡単なことでしたら欠片の魔石で出来ますよ。期間は石のサイズや込められている魔力量によりますが。婚約者の方が原因の嫌がらせですか?女性の嫉妬は怖いですからね。
それでしたら取り敢えずこの小さな赤い石をお持ちください。悪意を跳ね飛ばします。魔除けだと思ってもらえば良いです」
ブラッドが口を開いた。
「それは私が彼女に贈りたいと思います。魔石のような珍しい物を見せていただいたのですし、彼女を守れるなら安いものです。失礼でなければぜひ買わせてください」
「これはある貴族に守りの指輪を作って欲しいと言われた時に出た欠片です。お返ししますと言ったのですが指輪を気に入ってくださって、欠片は君にあげると言われたので、たまたま持っていただけです。なのでお代は要りません」
「わあ、ありがとうございます。良ければ、ネックレスに仕立てていただけませんか?無くすと勿体ないので。加工していただいた手間賃は払わせてください」
すかさずフランシーヌが頼んだ。
「わかりました。金のチェーンでよろしいですか?明日中には渡せると思います」
「そんなに早くですか?無理はなさらないでくださいね。でもありがとうございます。楽しみです」
「そろそろお開きにしようか。サミー殿には客室を使っていただこう。お疲れなのに色々と申し訳ないですな。その本は部屋にお持ちください。ゆっくり読んでください。
ジルお客様を案内して差し上げなさい」
侯爵は侍従にそう言うと皆を部屋に引き上げさせた。
「では皆様お休みなさい」
「「お休みなさい、サミー様」」
皆が声を揃えて言った。
フランシーヌとノエルは聞いた事のない魔術の話で、すっかり興奮してしまった。眠れるかどうか心配になったので、リラックスするハーブティーをブラッドと三人で飲むことにした。
サミーは純粋な姉弟と話している自分が、何時もより浮かれているのを感じて、内心で苦笑いをしていた。
婚約者が警戒しているのは想定内だった。自分以外の男の話をキラキラした目で聞いているなんて許せないだろうなと同情するところがあったのだから。
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