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倒叙型プロット──“真実”から始めて、読者の認識をひっくり返す構成法

「犯人が最初からわかっているのに、なぜこんなに面白いんだろう?」

「結末が見えているのに、どんどん先が気になる」

「“なぜそうなったか”の方が、“誰がやったか”よりも深い」


こうした感想を引き出す物語がある。

それらは、結末を隠すのではなく、“先に見せる”ことで読者の視点を逆転させる構成。

それが今回のテーマ、倒叙型プロット(Inverted Narrative)だ。


■ まず注意:「倒叙」と「In Medias Res」は違う

英語で“倒叙”に近い言い回しとして、Inverted Detective Story(倒叙型ミステリ)という用語がある。

これと混同されやすいのが、In Medias Resイン・メディアス・レス=物語の途中から始める手法。


両者は似て非なる構造だ。


倒叙:最初に「犯人」「結末」などの“真実”を見せ、過程で読者の認識を掘り下げる


In Medias Res:事件や出来事の“途中”から物語を始め、過去と現在を交差させて全体像を描く


本稿では、あくまで「倒叙=Inverted Narrative(または How-dunnit)」を中心に扱う。


■ 倒叙構造とは何か?

倒叙とは、結末や真相を物語の冒頭で提示する構成である。

読者は“何が起こるか”ではなく、“なぜそうなったのか”を追っていくことになる。


■ 倒叙の源流──“最初に犯人を見せる”は誰が始めたか?

この構造を最初に意図的に用いたとされるのが、R. Austin Freeman だ。

1912年に発表した短編「The Case of Oskar Brodski」で、犯行の様子を最初に描いた後、探偵 Dr. Thorndyke が“どうやって犯人を見抜いたか”を追う構成を採った。


この形式はのちに“Inverted Detective Story(倒叙型ミステリ)”と呼ばれ、以降のコロンボ型推理や心理サスペンスに大きな影響を与えていく。


■ なぜ「先に真実を見せる」のか?

● 「どうなるか」ではなく「なぜそうなったか」に焦点を移す

読者の関心は、“結果”から“動機や心理”へと移っていく。

この構造により、行動の裏にある人間性、矛盾、感情の揺らぎが浮かび上がる。


● 「知っていること」と「見せられること」のズレが生まれる

読者が“わかっているつもり”の真実に、後から揺さぶりをかけることで、

視点や解釈そのものを変化させる構造的トリックが可能になる。


■ 倒叙のバリエーション

● 刑事コロンボ型:犯人はわかっている、問題は“どうバレるか”

読者と犯人だけが知っている犯行の全貌。

それに対して、刑事(探偵)が“知らないふりで”近づいてくる。


→ 緊張の焦点は、「どこでボロが出るか」「どう仕掛けるか」にある。


● 結末先出し型:“どうしてこうなったか”を遡る構成

たとえば──

・「私は彼を殺した。でも、どうか信じてほしい」

・冒頭で主人公が崖から飛び降りる → 本編でその理由を追う


“何が”よりも“なぜ”が物語の主軸になる。


● 視点操作型:信頼できない語り手が読者をミスリードする

たとえば──

・一人称で語られる回想が、実は脚色や嘘に満ちていた

・主人公の視点では“正義”だった行動が、別視点で見ると違っていた


構造そのものが「真実とは何か?」を問い直す仕掛けになる。


■ 代表的な作品例

◎『刑事コロンボ』(TVドラマ)

倒叙型の古典。最初に犯行の全貌を描き、視聴者はすべて知った上で、刑事の追及劇を観察する。犯人の心理の揺らぎを描くことで、サスペンスを維持する構造。


◎『イニシエーション・ラブ』(乾くるみ)

ラブストーリーとして進行するが、読み終えてからタイトルや冒頭に違和感を覚える構成。

本作は“犯人を先に見せる”倒叙ではないが、時間軸の操作と視点の欠落を用いた倒叙的トリックとして極めて巧妙。

→「情報欠落型の変則倒叙」として注記しておくと誤読を防げる。


◎『ゴーン・ガール』(Gillian Flynn/ギリアン・フリン)

夫婦それぞれの語りによって、事件の真相が二転三転する。語り手の信頼性が揺らぎ続ける中で、読者は“真実らしきもの”を追いかける倒叙型サスペンス。


◎『冷たい校舎の時は止まる』(辻村深月)

現在の視点で進む中、登場人物たちが少しずつ過去を思い出していく構造。結末から逆算する倒叙の要素と、群像的な交差を合わせた濃密な心理構成。


■ 初心者でもできる倒叙構造の設計手順

冒頭に「結果」や「真実」を配置する

 → 死、事件、崩壊、別れなど。ドラマ性のある事象。


そこへ至る“過程”に複数の可能性・葛藤を埋める

 → 読者の予想とズレを生む岐路を用意。


途中で“前提”を覆す情報を差し込む

 → 実は視点が偏っていた、語り手が嘘をついていた、など。


終盤で再構築を促す

 → 読者自身が“もう一度物語を読み直したくなる構造”に導く。


■ 書き手への問いかけ

・結末を最初に見せると、物語の“重さ”は変わるか?

・犯人探しよりも、“なぜそうしたのか”を描いた方が深くなる物語ではないか?

・あなたの物語に、“読者の認識を裏切る余地”はあるか?


倒叙型は、「すでに知っている」を前提に始める。

だが、そこにあるのは、読者が“知っているつもりだった”ことへの揺さぶりだ。


真実は最初からそこにある。

それを、どう見せ、どう裏切るか──それが構造の力なのだ。

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