フライターグのピラミッド──物語の“波形”で読者を引き込む
物語に“重力”はあるか?
読者の感情を上へ、さらに上へと引き上げ、
やがて一気に崖から落とすように展開する──
そんな構造を、古代ギリシャ以来もっともシンプルに言語化したものがある。
それが今回のテーマ、「フライターグのピラミッド」。
ドイツの劇作家・グスタフ・フライターグが19世紀に提唱した、
物語の流れと感情の起伏を可視化した五段階の構造だ。
構成は以下の通り。
【1. 導入】
まず、舞台や人物関係などの前提情報を提示する。
読者にとっての“地面”をつくるパート。主人公の目的や日常、世界観をわかりやすく置く。
【2. 展開】
事件が起き、物語が動き始める。
主人公は問題に直面し、選択や試練を迫られていく。
小さな出来事が積み重なり、次第に緊張が高まっていく“上昇区間”。
【3. クライマックス】
もっとも感情が高まり、物語の核心が爆発する場面。
主人公の決断、対決、告白、崩壊──あらゆる意味で“物語が頂点を迎える”瞬間。
【4. 下降】
クライマックスの結果が、波紋のように世界へ広がっていく時間。
敵が倒れる、問題が解決へ向かう、余韻が始まる。
いわば“山を下る”工程であり、感情は少しずつ沈静化していく。
【5. 解決】
物語が静かに終わりへと着地する。
全体の変化を確認し、読者が余韻を味わう時間でもある。
最終的に何が変わり、何が残されたのか──その“意味”を提示するフェーズだ。
この構造の特長は、物語の“感情の起伏”を図式化できる点にある。
起承転結よりも、より具体的に「山をどう登り、どう降りるか」に焦点を当てている。
読者は、登っている間に期待をふくらませ、頂点で最も揺さぶられ、
下降と解決で静かに浸る──。
この自然な流れが、物語への没入感を生むのだ。
■ なぜ効果があるのか?
理由はシンプルだ。
「物語が感情と並走している」からである。
人間は本能的に、緊張と解放、起伏と安定のリズムに反応する。
フライターグの構造は、それを物語にそのまま落とし込んでいる。
だからこそ、読者は無意識のうちに引き込まれ、
物語が終わるころには「満たされた」と感じる。
また、この構造は短編にも中編にも使える。
とくに尺が限られた物語では、「どこで山を作るか」を意識するだけで、
作品のテンポと読後感が劇的に変わる。
■ 代表的な作品例
・『マッチ売りの少女』(アンデルセン)
導入:寒さの中で街を歩く少女。
展開:マッチを擦り、幻想が次々と現れる。
クライマックス:亡き祖母の幻と再会し、手を取って昇天。
下降:少女が死んだことが明かされる。
解決:翌朝、通行人が少女の死体を見つける。
・『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治)
導入:孤独なジョバンニと星祭り。
展開:銀河鉄道での旅と仲間との出会い。
クライマックス:カンパネルラが“消える”という喪失。
下降:現実世界へ帰還。
解決:ジョバンニの心に芽生えた決意と静かな祈り。
・『耳をすませば』(柊あおい)
導入:本好きの雫と退屈な日常。
展開:天沢聖司との出会いと衝突。
クライマックス:夢に向かう覚悟と想いの共有。
下降:夜明けの坂道。
解決:未来に向かう二人の静かな出発。
■ こんなふうに応用できる
もちろん、すべての物語がキレイなピラミッドになるわけではない。
だがこの構造は、以下のように“変形”して応用できる。
・ダブルクライマックス型
前半で感情的な山場、後半で決着。長編によくある構造。
・逆ピラミッド型
冒頭で最も強い出来事を配置し、あとは下降と解決だけで余韻を描く。倒叙ミステリなどに有効。
・クライマックス省略型
“静かに始まり、静かに終わる”。詩的・情緒的な作品に適している。
重要なのは「クライマックスに向かって感情が上がっていく」流れと、
「そこから読者を着地させる」意識だ。
■ 設計ステップ(初心者向け)
物語で最も“熱い場面”(山頂)を最初に決める
そこに至るまでに、何を積み上げればいいか逆算する
盛り上がりは「障害が増える」「関係が変化する」など、段階的に
クライマックスのあと、静かに余韻へ導く
最後に、物語が“何を伝えたか”を読者に委ねる
■ 書き手への問いかけ
・あなたの物語には、“感情の高まり”があるか?
・そのクライマックスは、読者にとって“意味のある頂点”になっているか?
・ラストで、読者は“登りきった”実感を得られるだろうか?
フライターグのピラミッドは、
あらゆる物語に通底する「感情のリズム」を構造として示したものだ。
だからこそ、ジャンルや形式を問わず、多くの物語に使われている。
登って、登って、登りきった先にある“何か”──
それを描ききるために、このピラミッドはきっと役に立つ。