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あの子の目は輝きを見逃さない

 翌朝八時前、イナは自宅の前でフウとの合流を待っていた。

 ここから学校までは歩いて二十分ほどの距離であり、まだ比較的余裕を持って間に合う時間である。


 「行ってきまーす!」


 集合時間の一分前、隣の家の玄関先から元気な声が響いた。

 その声でフウが家を飛び出したのがすぐにわかった。


 フウはイナの姿を見るなり手を振りながら合流した。

 時刻は八時、集合時刻ぴったりである。


 「お待たせ。ギリギリになっちゃった」

 「またお化粧ですか?」

 「まあねー。いやー面目ない」


 イナが歩みを進め始めながら尋ねるとフウは笑いながら答えた。

 フウにとってメイクは身だしなみを整え得る一環であり、時間がかかることは分かった上でやっているため、それに対して悪びれるような様子は微塵もない。


 「学校に行くのにお化粧って必要ですか?」

 「いる!やっぱみんなの前で顔綺麗に見せたいじゃん!校則でも禁止されてないし」


 フウはメイクの必要性を熱く語った。

 アステリアは過度なものを除けばメイクが許容されている。

 そうであれば顔を綺麗に見せるためにメイクをしたくなるというのがフウの心理であった。


 「そういうイナっちはメイクしたことないの?」

 「ありませんよ」

 「えー!?じゃあ今すっぴん!?」


 フウはイナが化粧をしていない事実に目を見開いて驚いた。

 自分が時間をかけてしていることをイナは一切していない。

 にも関わらず綺麗な顔ができているのが信じられなかったのである。


 「すっぴんなのに顔整ってて羨ましー、やっぱキツネ族だから?」

 「別にそんなことはないと思いますが」


 フウはイナに羨望の眼差しを向けた。

 キツネ族は男女問わず美形揃いの種族である。

 フウの言葉は単純に称賛の意味で向けており、そこに嫌味の意図はまったくない。


 「じゃあメイクとかに興味はないの?」

 「ないですよ。そこにかけるお金がありませんから」


 イナは懐事情を理由に化粧に興味が出せないことを語った。

 それを聞いたフウは首を傾げる。


 「でもイナのママだってお仕事行く前はメイクするでしょ?そこは多少お金かけてもいいと思うし、ママもきっと理解してくれるよ」


 フウはイナの母を引き合いに出してメイクの必要性を説いた。

 イナは母がいつも家を出る前に鏡の前で簡易的に化粧をしていることを思い出し、社会において少しでも身だしなみを綺麗に見せるのは暗黙のマナーであることを感覚で理解するに至った。


 「それにさ、ただ綺麗に見せるだけがメイクじゃないし。肌を日焼けや乾燥から守ったりさ、ずっとすっぴんだと歳とってから顔がシワとかシミでぐちゃぐちゃだよ」

 「うっ……確かにそれは嫌ですね……」


 イナは顔が崩れた未来の自分を想像して危機感を覚えた。

 メイクに関しては無頓着とはいえ無知ではない。

 いくら種族的な特性があったとしても老いには抗えないことぐらいはわかる。


 「私もお化粧した方がいいのでしょうか?」

 「いいに決まってるじゃん!元々顔綺麗なんだからさ、その気になればクラス一、いや学年一の美人だって狙えるって!」


 フウは熱意たっぷりにメイクを勧めた。

 元々整っている美形のキツネ族がメイクでより綺麗に見せられば虎に翼、鬼に金棒である。


 「でも私、そういうの持ってなくて」

 「じゃあウチの使わせてあげる。メイクのことも教えてあげるから放課後ウチに集合ね」


 フウは自然な形でイナと約束を取り付けた。

 『目立たないように過ごす』というイナの信条がフウの手によって次々と破壊されていく。

 だがそれに対して危機感を覚えるでもなく、むしろ多少の心地よささえ感じていた。


 「ねえイナっち、昨日からずっと気になってたんだけどさ」

 「なんでしょう」

 「イナっち、おっぱい隠してるでしょ」


 フウはイナの胸を凝視しながら疑問を呈した。

 イナは焦ったように両手で胸を隠し、フウとの距離を一歩分ほど開く。


 「な、なんのことですか!?」

 「ウチの目は誤魔化せないよ。体育の時は明らかに大きく見えたもん」


 フウが疑問を抱くきっかけになったのは体育の授業中であった。

 その時は体操服姿で普段より薄着になっていたとはいえ、イナの胸が一回り以上大きく見えていたのである。


 「気のせいです」

 「いーや、違うね」


 フウはイナの主張を一蹴するとイナの制服のブレザーの中に正面から腕を突っ込んだ。

 そして中を弄り、彼女の胸にシャツ越しで触れる。

 

 「でっか……」


 フウはイナの胸に触れてその感触に絶句した。

 それは作り物ではない『本物』だったためである。

 フウも平均よりは大きい方だがイナはそのさらに上を行っていた。


 「何するんですか!?」


 イナは胸を触られたことで反射的に右手でフウの頬を引っ叩いた。

 フウはいきなり引っ叩かれたことで一瞬真顔になったがすぐにいつもの顔に戻る。

 彼女の左頬にはイナの小さな手形が付いていた。

 

 「イナっち、サラシか何か巻いてるでしょ」

 「……その通りです」


 フウからの指摘を受けたイナはとうとう白状した。

 彼女はサラシで締め付けることで胸を小さく見せようとしていたのである。


 「なんでそんなことしてるの?」

 「胸が大きいと目立つので……」


 イナは矯正していた理由を明かした。

 彼女は百五十センチにも満たない低身長である。

 しかし高校入学前ごろから成長を始め、今や身長不相応なほどになっていた。

 その身体的特徴から目立ってしまうことを恐れていたのである。


 「どうしてくれるんですか!おかげで緩んじゃったじゃないですか!」


 イナは胸を抑えて顔を真っ赤にしながらフウに抗議した。

 フウが触れたことで制服の中でサラシが緩んでしまったのである。

 それを示すかの如く、ブレザーの胸周りが一回りほど膨らんで見えた。


 「ごめんて!とりあえず学校着いてから直そ、ね?」


 フウは純粋な好奇心が結果的にイナを怒らせてしまったことを反省し、通学路でひたすら謝り倒したのであった。

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