姫ちゃんに教えてもらいましょう
試験明けの初めての週末。
イナはエリカと共にフウの家に集合していた。
仮装リレーのパフォーマンスのためにコスチュームの原典であるアニメを視聴するのである。
「まずキャラクターの設定からですね。映像でも描写があるので詳しくは説明しないんですけど、主人公はごく普通のウサギ族の女の子で……」
作品を見る前にエリカが簡潔な設定の解説を始めた。
その語り口は早くもオタクモード全開である。
彼女による数分程度の解説の後、イナたちはテレビの方に目を向けた。
「うわ懐かしー!」
「私もよくテレビで見てました」
『マジカルウィッチ・スノウ』
テレビ画面にタイトルバックが映し出されてやや古めかしい絵柄のオープニング映像が流れる出すと同時にフウとイナは思わず感嘆の声を上げた。
二人は今目の前で流れている映像を幼少期にリアルタイムで視聴していたこともあり、当時の記憶が呼び起こされる。
「当時はまだシリーズ化の予定はなかったみたいなんですけど、この後のシリーズに受け継がれるお約束要素はだいたいこの作品で完成されてまして」
「お約束、ですか?」
「はい。またその都度解説しますね」
オープニング映像が終わり、本編映像が始まった。
開始数秒で白髪のウサギ族の少女の姿が映る。
彼女こそが作品の主人公であった。
「確かこの子が主人公ですよね」
「その通り。シリーズ最初の主人公ユキちゃんです」
エリカによる解説と並行してアニメの主人公ユキが語るように舞台や世界観が語られる。
ユキは事前にエリカに説明されたようなスポーツも勉強も平凡なウサギ族の中学生であった。
主人公視点の語りが終わり、赤毛のネコ族の少女の姿が画面に映る。
ネコ族の少女は学校の教室でユキと親し気に話し合う姿が描写されていた。
「あーこんな子いたなー。ユキちゃんの友達だっけ?」
「そう。アカネちゃんはシリーズ恒例の『主人公の親友』ポジションの第一号です」
ウィッチシリーズの数あるお約束の内の一つに主人公の親友キャラクターの存在がある。
アカネはその先駆けであった。
主人公の通う学校や親友の存在、家族などが描写されながら話が中盤に差し掛かると話の流れが変わった。
空模様が一気に暗くなり、画面には暗雲が立ち込めている。
「こんな感じのシーンありましたね」
「悪役が出てくると背景が変わるのもシリーズのお約束です」
「おー出た出た」
画面には巨大な怪物が現れて暴れ回り、逃げ惑う人々が描かれている。
ユキとアカネは偶然その現場に居合わせる形となった。
「そろそろ変身するのかな」
「あ、逃げました」
フウが展開に期待を寄せるのとは裏腹にユキは怪物に背を向けて逃げ出していた。
イナは記憶と違うシーンが展開されて思わず声が出た。
「ユキちゃんは普通の女の子なんですから怪物を見たら逃げちゃいますよ」
「それもそうですね」
ユキが逃げているところへ何かが彼女の眼前に立ちふさがるように現れた。
何かはユキと正面からぶつかり、彼女に尻もちをつかせるとその正体を見せた。
何の動物とも見て取れない不思議な姿をした生き物である。
「来ました!シリーズのお約束、パートナーの妖精です!」
エリカはハイテンションに語る。
ウィッチシリーズには主人公のパートナーとなる妖精がつくのが定番であった。
「そろそろ変身する?」
「ええ、そろそろ来ますよ」
フウは主役であるウィッチスノウの登場をまだかまだかと待ち焦がれている。
するとその期待に応えるかのように妖精が勝手にユキを魔法少女の姿に変身させてしまった。
つい先日纏ったばかりのコスチュームの元となったキャラクター=ウィッチスノウがついに画面にその姿を現したのである。
「えーっ!?最初ってこんないきなりだったの!?」
「あの妖精、ああ見えて結構滅茶苦茶やるんですよ」
いきなり変身させられたユキは困惑していた。
そんな彼女を妖精がなし崩し的に怪物の前へと押し出していく。
『なんで逃げるの?アイツと戦ってよ!』
『そんなこと言われても怖いものは怖いんだってばー!』
驚異的な身体能力で怪物の攻撃を避けながら逃げ惑うウィッチスノウと彼女を怪物と戦わせようとする妖精のやり取りがコミカルに展開されている。
概ね戦うヒロインとは思えない情けない姿を見せるウィッチスノウだったがそんな彼女を一変させるイベントが発生した。
ユキの親友ことアカネが怪物の攻撃に巻き込まれそうになったのである。
するとさっきまでのウィッチスノウの臆病な姿は一転し、アカネを助けようと勇猛果敢に怪物に突っ込んでいく様子が流れた。
その姿こそイナたちの記憶の中のウィッチスノウのそれであった。
「あ、私が覚えてるウィッチスノウになりました」
「ウィッチスノウは勇気を出すと強くなるっていう設定があるんですよ。ここで初めて戦うための勇気を出したんです」
エリカがノリノリで解説する。
それは映像中では語られていない設定であった。
大立ち回りの末、ウィッチスノウはついに怪物を打ち倒した。
「えっ、変身シーンもなければ必殺技も見せないの!?」
「初代マジカルウィッチは今だと定番のシーンを一話で見せなかったんですよ。この掟破りは放送当時から話題になってたみたいで」
フウは作中の展開に驚かされ、エリカが嬉々として解説した。
魔法少女ものにおいて変身シーンや必殺技は画面を派手に彩る定番である。
しかしそれにも関わらずマジカルウィッチ・スノウはそれを一話で見せなかったのである。
「あ、なんか出てきた」
「この作品の悪の親玉、ノワルディーヌの登場ですね。悪のボスがいきなり主人公の前に姿を見せるのは今となっては結構珍しいんですよ」
画面にはイナのコスチュームの元ネタであるキャラクター=ノワルディーヌが映し出されていた。
敵のボスらしい威厳のある登場である。
『私はノワルディーヌ。この星は私のものになる。邪魔をするなら誰であろうと容赦はしない、覚えておくんだね』
ノワルディーヌはウィッチスノウの前に姿を見せると警告するようにそう言い放ってそれ以上何をすることもなく去っていった。
ノワルディーヌが画面から消えるとさっきまで暗かった空が明るくなって壊れたはずの町が元通りになり、変身が解けたユキがわけもわからぬままアカネと一緒にまた歩き出すところで一話が終わってエンディングへと入っていった。
「改めて見てみると結構はちゃめちゃだったんだなー」
「良くも悪くも子供向けアニメですからね」
「変身シーンや必殺技はいつから出てくるんですか?」
エンディングムービーを見ながらフウたちは語り合う。
フウとイナの興味は完全にマジカルウィッチ・スノウに注がれていた。
「先輩たちが気になってるものは次の回から見られますよ。早速次に行きましょう」
エリカはイナたちの興味を引き付けたまま次のエピソードの視聴へと移るのであった。




