体育祭に向けて練習です
数日間の試験期間が終わり、アステリアは体育祭の準備期間に入った。
体育の授業内容は一時的に体育祭の参加種目の練習となり、エキシビジョン種目の参加生徒は内容の打ち合わせが本格的に始まった。
イナはエキシビジョンである仮装リレーにしか参加しないため、体育の授業は記録の計測係という事実上の見学状態となっていた。
イナはグラウンドの脇でフウの練習の様子を眺めていた。
彼女の参加種目は走り幅跳びと騎馬戦、転校から早々に高い身体能力を見せたこともあってクラスメイトからは大いに期待を寄せられていた。
「よーし!やるぞー!」
走り幅跳び用のトラックからフウの威勢のよい声が響く。
彼女は走り幅跳びと騎馬戦、二つの競技種目に参加するため気合が入っていた。
イナはそんなフウの張り切る姿を微笑ましく見守る。
フウは助走を数十メートルほどつけると勢いそのままに大きく跳躍した。
彼女の身体は空中できれいなくの字を描き、鳥系の種族と見紛うほど軽々と宙を舞う。
フウは踏切からトラックの砂場の半分以上の距離を軽々と飛び越し、前のめりに着地を決めた。
それを見ていた生徒たちはフウの身体能力に改めて驚かされ、息を飲んだ。
イナが計測のためにトラックに入り、踏切位置のつま先から着地先の足跡の踵部分までの距離を測る。
「は、八メートル四十六……」
フウの記録は八メートルを超えていた。
単純な飛距離だけならプロの現役アスリートにも迫るほどであり、彼女は専門的な技術や知識もなしに純粋な身体能力一つでそれをやってのけたのである。
「さっすがフウちゃん!」
「これは三組の勝ちは固いなー」
フウの記録を見た三組のクラスメイトたちは皆フウを褒めたたえた。
陸上部の部員ですら出せないような記録を軽々と叩きだすフウの力があれば体育祭の一位は揺るぎない。
その場にいた誰もがそう思っていた。
「イェイっ!本番はもっといい記録だすから!」
「張り切りすぎてケガしないでくださいよ」
フウはイナにピースサインをしてアピールした。
フウが燃えているのは体育祭が自分の力を発揮できる舞台であるからというだけでなく、得意分野でイナにいいところを見せたいという見栄からでもあった。
それに対してイナは無難な気遣いの言葉を返した。
走り幅跳びに続き、騎馬戦の練習も行われた。
四人一組で一人が騎手、残り三人が騎馬役を務める。
身体が大きく力の強いトラ族であるフウはもちろん騎馬戦の花形の騎手役であった。
騎馬を作り、フウがそこに騎乗して軽く動く練習をしたところでその日の体育の授業は終わりを迎えた。
「フウちゃんやっぱ陸上部入らない?」
「気持ちは嬉しいけどウチは遠慮しとくよー」
体育の授業後、フウは更衣室で陸上部たちから勧誘を受けたが彼女はそれに靡くことなく断った。
その後もクラスメイトたちから持て囃され、フウはすっかりご機嫌になっていた。
体育祭の主役は彼女で決まったようなものである。
イナはそんなフウの姿を見て誇らしい一方で自分以外の前でいい顔をしているのがなんとももどかしかった。
その日の放課後、フウはイナに声をかけるより先に他のクラスメイトたちから声をかけられた。
彼女たちは騎馬戦でフウの騎馬役を務めるメンバーである。
「騎馬戦のフォーメーションの練習するから悪いけどイナっちは先に帰っていいよ」
フウはイナに一言断りを入れると体育祭の練習のために教室を抜けていった。
今は他のクラスメイトたちもフウのことを必要としているから仕方がない、イナは内心で自分に対してそう説得しながら先に帰路に着くのであった。




