露出が多いのは嫌です!
エリカ邸にてフウとエリカに散々着せ替えをさせられたイナは鬱憤を募らせていた。
仮装の衣装選びに付き合ってくれたまではいいもの、その衣装の尽くが肌の露出が多かったためである。
しかも二人は本気で似合うと思ってチョイスしているのがなおのこと質が悪かった。
「二人とも……」
イナはふくれっ面になってフウとエリカを睨みつけた。
流石にやりすぎたことを理解し、はしゃぎまわっていた二人は一転して大人しくなる。
傍観していたツバキも事態を見かねて仲介に入っていった。
「ここらで着せ替えは終わり、一回真面目に考えてみよ」
イナとフウ、エリカの間に入ったツバキはイナの望むものを聞く方針に切り替えさせた。
イナはツバキに出てくるのが遅いと内心では不満を抱きつつもようやく助け舟を出してくれたことには感謝した。
「イナちゃんは仮装するとしてどんな格好をしたい?」
「せっかくなので普段とかけ離れた格好をしてみたいですけど、露出が多いのは嫌です。特に胸が見えるものは」
ツバキに訊ねられたイナは仮装に対する要望を出した。
彼女は仮装そのものが嫌なわけではなく、ただ露出が多い衣装を着るのが嫌なのである。
特に彼女の身体的コンプレックスでもある大きな胸を強調するような露出など論外であった。
「えー。おっぱいはイナっちの魅力だとウチは思うんだけどなー」
「嫌です!見せびらかすために大きくなったんじゃありませんから!」
フウがもったいなさそうに呟くとイナはすかさず反論した。
たとえフウが相手であろうとそこは譲らない。
「じゃあさ、こんなのとかどうよ」
ツバキはイナの要望を聞いたうえで折衷案を提示するように画像を見せた。
そこには丈の長い黒いドレスに鍔の広い帽子を被った如何にもな魔女のキャラクターが映し出されていた。
イナはそのキャラクターに朧げながら見覚えがあった。
「確かそのキャラクターって……」
「ノワルディーヌ、ウィッチシリーズの最初の悪役キャラだよ」
イナが思い出そうとしたところへツバキがキャラクターの名前と簡潔な設定を教えた。
ウィッチシリーズとは十年以上前から続いているアニメシリーズであり、画像のキャラクターはそのシリーズの顔ともいえる印象的な悪役キャラであった。
「どうよ。知名度はまあまああるし、肌の露出もあんまりないからいいと思うんだけど」
ツバキは提案の是非をイナに確認した。
確かに画像のキャラクターは全体的に露出の少ないコスチュームである。
ドレスの右側には切長のスリットが入ってはいるが先に着せられたものと比べればまともな範疇であり、着たまま動くことを考えればむしろ良心的とも言えた。
「じゃあ、これにします」
イナは少し考えたのちにノワルディーヌの衣装を着ることに決めた。
話を聞いていたフウとエリカがツバキの携帯の画面を覗き込む。
「うわ懐かしー!それウチも観てたなー」
「でもノワルディーヌの衣装なんてうちにあったっけ?」
「ないよ。だから知り合いに作ってもらう」
エリカが衣装の存在を尋ねるとツバキはさらりと言ってのけた。
サブカルチャーにおいて幅広く活躍するストリーマーであるツバキには様々な方面に精通した知り合いが多い。
その中には衣装を自作するコスプレイヤーもいた。
「そんなことできるんですか?」
「わからんけど、ちょっと連絡してみるわ」
ツバキはそういうと目当ての知り合いに電話をかけた。
十数秒後に着信音が切れ、通話音に切り替わる。
「あ、もしもしー。うん、久しぶりー。こっちは元気だよー」
ツバキは電話先の相手と楽しげに話をしている。
他愛もない社交辞令のような話を数分程度したところでツバキは本題を持ち込んだ。
「妹の先輩が今度学祭でコスプレするらしくてさ。その衣装を作ってあげられない?納期?学祭は今月末らしいから長く見積もって三週間以内ってところかな」
ツバキは本題に切り替えると真面目なトーンで話を始めた。
その姿にいつものおちゃらけた様子はなく、仕事の打ち合わせをする大人のそれであった。
「キャラはウィッチシリーズのノワルディーヌ、着用者の採寸データは今日中に送るね。納期急がせちゃうから依頼料は割り増しで振り込んどくわ。うん、じゃあよろしくー」
ツバキは通話先の相手とのやり取りを終えると通話を切った。
話の内容的に依頼を受けてもらえたようである。
「作ってもらえることになりましたー。というわけでイナちゃん採寸するよ」
ツバキは交渉の結果を伝えると部屋の隅からメジャーを持ち出した。
これから衣装制作の資料としてイナのスリーサイズの採寸である。
「じゃ、採寸するから二人はフウちゃんの衣装選びでもしてて」
ツバキはそう言い残すとフウとエリカを適当に放り出した。
二人になったところでツバキはメジャーを伸ばした。
「はい、じゃあ上から測るからねー。腕横に伸ばしてー」
ツバキは採寸のためにイナにポーズを取らせた。
イナはイタズラされるのではないかと一瞬身構えたがツバキは当たって真面目に採寸に取り組んでいる。
「心配しないでよ。アタシこれでも昔はアパレルでバイトしてたことあるんだから」
ツバキは安心させるようにイナに言い聞かせた。
彼女はストリーマーに転身する前はアパレルショップでバイトをしていたため、その技術と経験の一つとして採寸を正確に行えるのである。
「にしても、でっかいねー」
その矢先に放たれたツバキのデリカシーのない一言にイナはコンプレックスを刺激されて恥ずかしい思いをさせられるのであった。




