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待っている時間がなんだかもどかしい

 昼休みが終わり、午後の授業も終わった放課後。

 フウの元に多数の生徒たちが押し寄せてきた。


 「フウさんですよね?陸上部に興味はありませんか?」

 「ぜひパワーボール部に!」

 「水泳部への入部にご検討を!」

 

 フウを尋ねてきたのは運動部たちであった。

 体育の授業でのフウの活躍ぶりを聞きつけ、彼女を戦力として勧誘しに来たのである。


 「うーん、どうしよっかなー」


 フウは勧誘を受けて満更でもなさそうであった。

 元々身体を動かすことが好きであるため、部活でそれを満たすのは悪くない選択である。

 

 フウが後ろからその様子を眺めていると、彼女の携帯に一件のメッセージが飛んできた。 

 送り主は目の前にいるフウである。


 (送信はっや……)


 そう思いつつイナがメッセージを確認すると、そこにはこう書かれていた。

 

 『時間かかりそうだから先に帰ってもいいよ。帰るなら返信ちょうだい』


 フウは運動部のスカウトにいったん応じるつもりであった。

 複数の部活を見学しようとしており、時間がかかることを見越してイナに負担をかけないようにメッセージを飛ばしたのである。


 イナはいったん教室を離れ、図書室で座学をしながら時間を潰すことにした。

 先に帰ることもできたはずだが、なぜか彼女はその選択肢を取らなかった。


 図書室の窓からは運動場の様子を見ることができた。

 ふとイナがそちらを覗くと、そこには体操服姿で走り高跳びに挑戦するフウの姿があった。

 彼女は現在陸上部を体験中らしく、白毛と尻尾の赤いリボンがやはりよく目立つ。

 

 フウは助走をつけるとほんの一瞬踏み切って華麗な背面跳びを見せた。

 それは競技用に洗練されたフォームではないが他の誰から教わったでもない、トラ族の高い身体能力が成せる技であった。

 フウの身体はバーを軽々と超え、その後ろに設置されたマットの上に背中から着地した。


 「すごい!初心者なのに経験者の私たちと同じ高さを飛べるなんて!」


 フウの記録を見た走り高跳びを主としている他の陸上部員たちから歓声が上がる。

 その後も走り幅跳びや砲丸投げ、短距離走など様々な種目を体験したがどれも素人ながら経験者に迫るほどの記録を叩き出した。


 「どうですか?私たちと一緒に全国目指しませんか?」


 陸上部員たちはフウに熱烈に勧誘をかけた。

 高い身体能力を持つトラ族であることを差し引いても彼女の実力は相当なもので、基礎を磨いていけば全国大会出場も夢ではないと思わせるほどであった。


 「うーん……ちょっと考えさせてくれる?数日以内に答えだすからさ」


 フウは汗を拭うと首を傾げるジェスチャーと共に入部の意思を決めるまでの猶予を求めた。

 それからパワーボール部を見学して一部の練習に参加し、さらに水泳部の見学まですべて一日で周りきり、陸上部員たちに使ったのと同じような言い回しをして入部するかどうかを決めるための猶予を作った。


 フウが運動部を見て回っている間、イナの視線は運動場のフウに釘づけにされていた。

 なぜかはわからないがフウの動向に意識が向いて仕方がなかったのである。

 おかげで彼女を待っている間にやるはずだった勉強にまったく身が入っていない。


 (なぜ私はフウさんを待っているのでしょう)


 イナはなぜ自分がフウのことを待っていたのか自分でも理解不能であった。

 ただ勉強に集中するだけなら先に家に帰った方がよほど効率的である。

 それにも関わらずそうしなかったのは理屈に合わない行動でしかない。


 (早く終わってくれないでしょうか)


 イナはフウが運動部見学を終えるのが待ち遠しくてならなかった。

 結局、フウがその日勧誘を受けた運動部の見学をすべて終えたのは日没前のことであった。

 フウは運動部の部室に備え付けられたシャワーを借りて汗を洗い流し、制服に着替え直すと携帯を弄ってイナからのメッセージを確認した。


 『お待たせー。今から迎えに行くよー』

 『こちらが向かいます。校門前で待っててください』


 イナはフウからのメッセージに即行で返事をすると荷物をまとめて図書室を後にした。

 図書室を去る彼女の後姿は大きな尻尾がご機嫌に左右に揺れていた。


 「お待たせしました」

 「イナっちー、ウチのこと待っててくれたのー?」

 「あまり長引くとは思ってませんでしたので……」


 フウとイナは校門の外で数時間ぶりに合流した。

 フウは大喜びでリボンがついた尻尾の先端を左右に揺らしている。


 「律儀だねー。もしかしてウチのこと好きだったりする?」

 「変なこと言わないでください。そんなことあるわけないじゃいですか」


 フウがおちょくるとイナはあっさりと受け流した。

 

 「ふーん。尻尾は嘘つかないみたいだけど?」

 「違います!」

 

 フウは上半身をぬるりとイナの背後に回り込ませると彼女の尻尾に手を触れて撫でまわした。

 イナは慌ててフウの手を払いのけると自分の尻尾を脇腹を通すように前方に手繰り寄せた。

 

 「帰りますよ!」

 「はーい」


 イナは自分でも理解できない何かを誤魔化すように言い放つとフウよりも先に歩みを進め始めた。

 フウはイナの態度を不思議がりつつもご機嫌にイナの隣に並んで二人帰路に就いたのであった。

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