夏休みの思い出を振り返りましょう
夏休み最終日の昼下がり。
イナはフウが課題を進めるのを監督していた。
机に向かわせ、ほどほどに休ませては再開させるを繰り返しながら残り数ページというところまでやってきていた。
机に向かうこと数時間、フウはついに机の上にペンを置いた。
ワークの課題範囲の設問がすべて埋められたのである。
「終わったー!」
「お疲れ様でした。よく頑張りましたね」
フウが両手を高く上げて歓喜の声を上げるとイナが労いと共にフウの頬に小さくキスをした。
「これでひとまず安泰だー」
「ふふっ。そうですね」
(夏休み明けは課題テストがありますけど今は何も言わないであげましょう)
課題を一通りやり終えたフウは感傷に浸っていた。
イナは二学期の開始と同時に課題テストが行われることを伝えようか迷ったが今は黙ってフウに同調する。
「夏休みさ、いろいろあったよね」
フウは余韻に浸るように携帯の画面を眺める。
そこには夏休み中イナと過ごした日の出来事がアルバムとしてまとめられていた。
「これ、夏休み始まってすぐスミちゃんが遊びにきた時のやつ」
「いつのまに撮ってたんですか」
「へへー、お手のもんよー」
フウの携帯の画面にはリビングのテーブルに並びあって課題を進めるスミとそれを監督するイナの姿が収められていた。
どうやら知らず知らずのうちにフウが撮影していたようである。
「スミちゃん、今何してるんでしょうね」
「聞いてみれば?」
フウは呑気に提案した。
せっかくなのでとイナはスミに通話をかけてみることにした。
すると十秒程度の間をおいてスミが着信に応じてきた。
『はいもしもし』
「お久しぶりですスミちゃん。元気にしてましたか?」
『はい!もうこの通り!』
スミは電話越しに元気をアピールした。
その声の大きさから姿を見ずとも健康状態がはっきりと伝わってくる。
「夏休みはどうでしたか?楽しい思い出はできましたか?」
『もちろん!こっちに帰ってからも友達と遊びに行ってお出かけして、大満足です』
「それはよかったです」
嬉々として夏休みを総括するスミにイナは微笑ましさを覚えた。
『ところでフウ姉はちゃんと宿題終わらせられましたか?』
「それがね、ついさっき全部終わったところです」
「スミちゃんに心配されなくてもちゃんとできてるからー!」
『うわっ、聞いてたの』
通話を横で聞いていたフウはイナの携帯を取ると通話に割り込んだ。
まさかの本人の登場にスミは驚きを隠せない。
「それがですね、このままじゃ終わらないって数日前に私に泣きついてきて。付きっきりでようやくですよ」
「言わないでよそういうことー!」
『やっぱり一人じゃやりきれなかったんだー』
「やっぱりって何さー!」
イナが隣のフウを揶揄うようにスミに伝えるとスミはやっぱりかといったリアクションを見せた。
勉強を後回しにしたがる性格は小学生にすら見透かされている有様であった。
直接顔を合わせていないのをいいことにスミも言いたい放題である。
「ところで今度はいつ来るのー?」
『年末年始のどこかかなー。行く時はまた連絡するね』
「うんうん。待ってるからねー」
「それじゃ、失礼しますね」
フウがスミに次回の来訪の予定を確認するとイナが代わって通話を切ろうとした。
するとスミが慌てたように何かを伝えようとする
『イナさん、フウ姉の勉強ちゃんと見てあげてください』
「ふふふ。言われなくてもそのつもりですよ」
『それだけです。じゃ!』
スミはフウのことをイナに一任すると通話を切った。
「しっかりした子ですね」
「なにさー。確かに勉強は苦手だけどさー」
イナがクスクスと笑うとフウはむくれた表情を浮かべた。
たった数分の通話の中で散々な言われようをされて流石に思うところがあるようである。
「いいもん!ウチは体育祭で本気出すから!」
フウが開き直って宣言するとイナの表情が引き攣った。
彼女はこの先の学校行事のことをすっかり見落としていたのである。
「ところでアステリアって体育祭あるの?」
「あります……夏休み明けの月末に」
フウに尋ねられたイナは視線を逸らしながら答えた。
アステリアの学園祭は体育祭と文化祭に別れており、準備期間中の体育の授業は体育祭の練習に切り替わる。
それを思い出したイナの脳裏に昨年の体育祭の記憶が蘇る。
「よーし!なら頭使った分今から身体動かすぞー!」
体育祭の存在とそれが近い将来催されることを知ったフウは俄然やる気を出すとイナを肩に担ぎ上げると部屋を飛び出した。
勉学においては完全に優位なイナとフウの力関係も運動やスポーツのこととなると完全に逆転する。
フウの頭の中は初めて臨むアステリアの体育祭のことでいっぱいであった。
「ウチに勉強頑張らせたんだからイナっちも体育祭頑張らないとね」
「わかりましたから。下ろしてもらえませんか?」
イナは靴だけ履かさせるとフウに担がれたままジムまで連行されていくのであった。




