夏休みももうすぐ終わります
ツバキが起床したところでイナたち一行は朝食と二度目の温泉を堪能し、土産物を購入するとホテルをチェックアウトした。
あとはツバキの運転で地元まで帰ってくるのみである。
帰りの道中、イナはツバキの運転に揺られながら携帯でイケスタをチェックしていた。
するとそこにはついさっきされたばかりのフウとエリカの投稿があった。
エリカは表のアカウントでのみ発信しており、裏のアカウントでは何も触れていない。
『海で遊んで温泉入ってきたよー!』
『高校入って最初の夏休み。いい思い出ができました』
二人の投稿にはそれぞれ違う写真が添えられていた。
フウはいつ撮ったのかわからないようなビーチの写真、エリカはホテルの窓から撮った風景の写真であった。
それを見たイナは特にこれといった写真を残していないことを思い出した。
「イナちゃん。今回の旅行は楽しかった?」
信号待ちで車が一時停止すると、ツバキが運転席から声をかけた。
エリカは助手席で、フウはイナの隣の後部座席で寝息を立てている。
「ええ、何年振りかの旅行で楽しかったです」
イナは正直に答えた。
彼女は自分が覚えている限りでは学校行事でしか外泊したことがなかったため、行事という枠を外れた今回の旅行は非常に新鮮な楽しみを感じていた。
「そう。ならよかった」
ツバキは満足げにそう呟くと信号を確認して車を発進させる。
まだ何か言いたげなその口ぶりにイナはもっと何かを語らせてみたくなった。
「お姉さんはどうだったんですか?」
「アタシも楽しかったよ。妹以外の面倒を見るのなんて初めてでさ、キミたちを連れてきてよかったって思ってる」
ツバキは口角を上げて旅行の感想をイナに語った。
今回の旅行は元々ツバキのオフを利用し、エリカと姉妹だけで行くはずであった。
そこにエリカの提案でイナとフウも同行することになり、初めて妹以外を連れていくこととなった。
自分の前では決して見せなかったであろう妹の姿を見ることができ、それだけの価値も見出すことができた。
それからは言葉を交わすでもなく、イナは外の景色をじっと眺め続けていた。
そうしてしばらく揺られていると、フウとエリカが目を覚まして車内はまた騒がしくなってきた。
「あれー?イナっちはイケスタ投稿しないの?」
「みなさんと一緒にいるのが楽しくて写真撮るのをすっかり忘れてました」
フウに尋ねられたイナはすっとぼけるように言い放った。
彼女はSNSに疎かったこともあり、投稿用の写真を本気で忘れていた。
フウとエリカが目を覚まして賑やかに過ごすこと約一時間、一行は見慣れた場所までやってきた。
エリカの家の最寄駅の前である。
「今回はありがとうございました」
「どういたしまして。またオフで予定が合うことあれば何かしよーね」
荷物をまとめ、車を降りたイナとフウはツバキにお礼を言いながら頭を下げた。
対するツバキは満更でもなさそうである。
「先輩、また学校で!」
「はい、お元気で」
「じゃーまたねー!」
ツバキが車を発進させるとエリカは窓から身を乗り出して手を振ってきた。
イナとフウもそれに手を振りかえす。
こうして一行は別れ、あとは家に帰るのみとなった。
「いやー、楽しかったねー」
「ええ」
イナとフウは駅のホームで電車を待ちながら旅行のことを語らった。
「ところでフウさん。もうすぐ夏休みが終わりますが課題は全部終わってますか?」
イナが何気なく尋ねるとフウの表情が張り付いたように動かなくなった。
フウはついさっきまでの楽しい時間から一瞬で現実に引き戻されたかのような感覚であった。
イナは訝しみ、話題をさらに掘り下げる。
「終わってないんですね?」
イナが詰め寄るとフウは黙って首を縦に振った。
どうやら課題が終わっていないようである。
「はぁ……何が終わってないんですか?」
「数学と世界史のワークがあと半分ぐらい……」
イナに詰められたフウは終わっていない課題を白状した。
どうやらフウも課題にはイナが見ていない時も独力で少しずつ手をつけていたようであり、イナが把握しているよりも残っているものは少なかった。
これなら一日から二日かけて半日ほどかかりっきりでなんとか終わらせられる範疇である。
「手伝ってあげますから、明日と明後日で終わらせますよ」
「ひえー」
イナによって夏休みのラストを勉強漬けにされることを確約され、フウは嫌そうな顔をするのであった。




