お姉さんの興味は尽きません
ビーチにやってきて数十分。
ツバキがサンベッドに寝そべりながらイナたちを見守っていると、イナがこちらの方に戻ってきた。
その表情はくたびれているように見えた。
「休憩を……」
「ははは。流石にフウちゃんとエリカについていくのは無理だったか」
イナがビニールシートの上に腰を下ろすとツバキはふと笑う。
体力お化けであるフウはともかくとして、エリカにもそれに追随できるほどの体力があるのは想定外であった。
「姫ちゃんってあんなに体力あったんですね」
「びっくりっしょー。あの子ね、アタシの動画撮影の手伝いもしてくれるし、イベントにも参加しに行くし、ああ見えてめっちゃ動き回るからね」
ツバキは海ではしゃぐフウとエリカを見ながら妹のことをイナに語る。
エリカは姉であるツバキの企画の手伝いなどで機材や道具の運搬などの体力仕事を請け負うことも多く、趣味こそインドア系だがライブや物販イベントのために頻繁に外出するため単純なフィジカルではフウに劣るもののバイタルの強さでは引けを取らなかった。
「イナちゃんはさ、うちのエリカのことをどれぐらい知ってる?」
ツバキはイナに語り掛けた。
それを聞いたイナはすぐには返答せずに少しばかり考え込んだ。
「聞き方悪かったかな。エリカについてどんなこと知ってる?」
「そうですね……私の後輩で、アニメやマンガが好きな子で、とてもお淑やかな子で……」
「うーん、もう一声」
イナはエリカについて自分が知っていることを素直にツバキに伝えた。
ツバキはそれを黙って聞いているがまだ聞くべき言葉が出てこないというような反応を見せる。
彼女が自分に何を言わせたいのかを察したイナはさらに言葉を続ける。
「あと、私のことを本気で好きでいてくれてる。といったところでしょうか」
「ありがと。最後以外はまあ外で見るあの子って感じだね」
ツバキはイナから欲しかった返答を引き出すと満足げであった。
それから彼女は生まれたころから傍で育ってきた妹のことをイナに教えた。
「エリカってさ、一人称がボクじゃん。初めて会ったとき変だと思わなかった?」
「言われてみればそんな気はしたかもしれません」
ツバキはエリカの一人称とそれに対する初対面時の印象をイナに訊ねた。
今となっては当然のように受け入れているがイナは初めてエリカと話したとき、彼女の一人称が少年らしい『ボク』であることに違和感を覚えていた。
「あの子ね、小さいころの夢は王子様だったんよ」
「王子様ですか」
「そ、昔から形から入るタイプだからさ。絵本の王子様になりきって友達の女の子を姫様って呼んでみたり、男の子が好きそうなヒーローものにのめり込んでみたりしてたんよ。一人称がボクなのもその名残だし、思えばオタク気質はその頃からあったのかもしれないね」
ツバキはエリカの一人称にまつわる昔話をイナに明かした。
今のエリカからは想像もつかないその姿にイナは意表を突かれたような気分になる。
「まあでも成長期に入ってさ、自分の顔が王子様みたいなカッコいい系じゃなくてカワイイ系になってさ、周りもエリカのこと姫ちゃん姫ちゃんって呼ぶようになって。中学に入った頃には完全に今のあの子になってた」
王子様を目指していたエリカが今の方向に進んだのは成長期に入った小学校高学年から中学にかけてのことであった。
ライオン族としては低めな背丈や華奢な体格、何よりも愛嬌のある童顔が王子様のイメージとはかけ離れたものであり、 周囲からは王子様ではなくお姫様としてもてはやされるようになっていった。
自分の中の理想と成長する自分の肉体とのギャップに悩んだ末、エリカは周囲からの扱いを受け入れて『姫ちゃん』になったのである。
これまで履いてこなかったスカートを着用するようになり、短く揃えていた髪も伸ばすようになった。
「今話したことはアタシとキミだけの秘密ってことで、ね」
ツバキはエリカの過去の一端を語り終えたところでサングラスを外してサンベッドから降りるとそのまま身体をグイっとイナの方に近付け、彼女に覆いかぶさるような姿勢を取った。
「あの、お姉さん?」
「実はアタシもキミのことが気になってるんだよね。妹がキミのどういうところを愛しているのか、自分で確かめてみたい」
ツバキはイナの顔を見下ろしながら舌舐めずりをすると彼女の胸を掴むように手を触れた。
建前と本音が入り混じったような言い回しと共に繰り出されるフウやエリカとはまったく違う『大人っぽいアプローチ』にイナは息を詰まらせた。
「アタシもライオン族だからさ、ちょっと味見してみたくなっちゃった」
「お姉さん!?」
その目はさながら獰猛な肉食獣そのものであり、イナはこれまでフウ相手ですら感じたことのなかった貞操の危機を感じ取った。
これは単なるじゃれ合いなどではない、あわよくば『そういうこと』に持ち込もうという意志がはっきりと感じられる触れ方であった。
ツバキの顔が目と鼻の先まで迫り、イナが覚悟を決めかけていたところでツバキはイナへのアプローチをやめて手を離し、何事もなかったかのようにサンベッドの上に戻っていった。
その脈絡もない行動にイナは困惑を隠せない。
「やっぱやめたー」
ツバキがそう言った矢先、フウとエリカがこちらへとやってくるのが見えた。
どうやらツバキはフウたちが戻ってくるのを察知して引き下がったようであった。
「いやー海って楽しいなー!」
「姉さん、先輩となに話してたの?」
「んー、内緒ー」
ツバキはすっとぼけたように振舞いながらも一瞬イナにアイコンタクトを送った。
まるで獲物をキープしているかのようなその鋭い眼光にイナは緊張を走らせるのであった。




