みんなと旅行に来ました
夏休みの終わりも近いとある晴れた日。
イナ、フウ、エリカはツバキの車に乗って少し離れた場所まで旅行に訪れていた。
事の発端はエリカの誘いからであった。
『今度姉さんとオフで一泊二日で海に行くんですけど、よかったら先輩とフウ先輩も一緒に来ませんか?』
イナ宛のメッセージはイナを通じてすぐにフウにも伝わり、二人はそれを快諾した。
そしてツバキの引率の下、彼女のオフに同行する形で旅行に訪れたのである。
「オフについてきて大丈夫でしたか?」
「気にしなくていいよ。知り合いは多い方が楽しいし」
後部座席からイナに訊ねられたツバキはヘラヘラしながらやや抑揚に欠けた声で答えた。
今回は動画の収録などではなくあくまでオフである。
オフのために動画投稿と配信を休止することも事前に告知済みであるためそこには何の気兼ねもなく、遊びに来ている以上遊び相手は多い方がいいというのが彼女の考えであった。
車に揺られること二時間弱、イナたちはついに目的地へとたどり着いた。
そこには観光地であるビーチが広がっていた。
「はいとうちゃーく。ビーチ行くなら水着に着替えといでー」
「よっしゃー!行くぞ二人ともー!」
ツバキは近場の駐車場に車を停め、イナたちを先に降ろした。
するとフウが先陣を切り、イナとエリカを先導して観光客用の更衣室へと飛び込んでいく。
「いい先輩たちを持ったじゃん。エリカ」
ツバキは海に向かっていく妹たちの姿を見て口元を綻ばせると自身も車から降りて更衣室へと入っていった。
「海!キラキラしてる!」
イナ、フウ、エリカは水着に着替えると更衣室の外に出て海を一望した。
中でもフウは日光を受けて光る水面を見て歓喜していた。
「イナっち海は初めて?」
「本物は初めて見ました……」
イナは初めて自分の目で見る生の海に圧倒されていた。
テレビで聞いたことのあるさざ波の音がそのまま聞こえてくることに驚かされ、鼻先に仄かに香る潮の香りに感動さえ覚えた。
海を眺める二人を見たエリカはふと自分の胸元に目を遣ると、すっと後ろに下がってしまった。
そんな妹の様子を見たツバキはエリカに声をかける。
「どしたん?」
「先輩たちのスタイルがすごいなーって思ったら気後れしちゃって……」
エリカは自分とイナたちのスタイルを見比べて劣等感を感じていた。
イナとフウの胸には大変立派なものが備わっているがエリカにはそれがない。
姉のツバキも二人ほどではないにしろ中々のものがあるため、ここにいる四人の中で胸囲が最も小さいことがより顕著になっていたのである。
「ははーん。そういうことね」
ツバキはエリカとイナたちとを見比べて納得したように頷いた。
そしてエリカの背を励ますようにポンと叩く。
「大丈夫、二人はそういうところで人を選ぶような子じゃないから」
「それはわかってるけど……でも」
「誇り高きライオン族が他種族に劣るとでも?」
ツバキはエリカを焚きつけるように煽り立てた。
彼女たちライオン族は本来非常に競争意識の高い種族であり、他種族に劣ることを嫌う。
エリカはそんなライオン族らしからぬ温和な性格をしているが決して競争意識がないわけではなく、姉からの煽りがその意識を駆り立てる。
「先輩!海に入りましょう!」
ツバキに激励されて気を取り直したエリカはイナとフウを海へと誘っていった。
そんな三人の後ろでツバキはビーチパラソルを砂に突き立てて日陰を作り、ビニールシートとサンベッドを設置して休憩地を確保する。
「アタシはここで見てるから皆は好きなだけ遊んどいでー」
ツバキはサングラスをかけてサンベッドに寝そべると休憩地から手を振ってイナたちを見送った。
今の彼女はイナたちの保護者であるため、一歩引いた位置から彼女たちの動向を観測するのが勤めであった。
「うおー!冷たっ!」
助走をつけて勢いよく海に飛び込んだフウは海中から顔を上げるなり叫んだ。
イナは初めての海水に恐る恐る足をつけ、ゆっくりとフウのいる方へと進んでいく。
その途中、イナは何を思ったか右手の人差し指を海水に浸すとそれを自ら舐めた。
「何やってんの?」
「海水は塩の味がするというのを確かめてみたくなって」
フウが尋ねるとイナはさも当然かのように答えた。
キツネ族は自分の目や耳で事象を確かめようとする傾向があり、その知的好奇心に駆られて奇行を働く者も多い。
イナの行動はまさにその奇行であった。
「やっぱイナっちって」
「やっぱり先輩って」
「キツネ族だなー」
「キツネ族ですね」
フウとエリカは口を揃えてイナの奇行を揶揄した。
イナはその発言の意図がわからず、海に半身を浸したまま首を傾げるのであった。




