昼休みが賑やかになった
四限の終わりを告げる予鈴がなった。
ここからは昼休み、しばしの休息である。
「イナっちー。一緒にお昼食べよー」
イナがいつものように学食に向かおうとするとフウが呼び止めてきた。
彼女はイナと一緒に昼食を取りたいようであった。
「別に構いませんが、私は学食に行きますよ」
「だいじょぶだいじょぶ!」
イナが学食を利用することを前置きしたがフウはお構いなしである。
というのも、フウにとってはイナと一緒に食事をするのが重要であり、何を食べるかは二の次だからであった。
イナはフウを連れて校内の食堂へとやってくると迷いのない動きで空いている席の一角を陣取った。
「何か注文しますか?」
「ウチは大丈夫。お弁当持ってるから」
「そうですか。では席の番をお願いします」
イナはフウに席を守るように頼むと小さな財布を握りしめて注文用のカウンターへと向かっていった。
その動きは体育の授業の時よりもはるかに過敏である。
フウは携帯をいじりながら時折イナの方を見て彼女が戻ってくるのを待った。
「お待たせしました」
席を離れてから数分後、イナは器が乗ったトレーを持って席に戻ってきた。
トレーの内容は並盛りの米と味噌汁、それと小ぶりの焼き魚が一尾となっていた。
学食のメニューの一つ、焼き魚定食そのままであった。
「たったそれだけ?お腹空かない?」
「大丈夫です。授業が終わるまではこれでもちます」
フウにはイナの昼食が物足りないように見えた。
イナ本人は平気だと主張するがとてもそうは思えない。
「そっかー。じゃあ食べよ!」
フウはそう言うとカバンから弁当箱を取り出して蓋を開けた。
弁当箱の中には白米と揚げ物がぎっしりと詰められており、その脇に少々の野菜が添えられている。
(中身が男子のそれだ)
白と茶色が大半を占めるフウの弁当箱の中身を見たフウは男子生徒の弁当を連想した。
「んー!やっぱ身体を動かした後に食べるご飯は美味い!」
(一口がデカい)
フウは弁当をその中に運び込むと悦に浸っていた。
彼女の一口はイナと比べてかなり大きく、イナが二口かけて食べる量が一瞬で腹の中に消えていく。
「イナっちはそれ好きなの?」
「別に好きというほどではありません。ただ定食の中でこれが一番安いので」
イナの懐事情は侘しい。
毎月のお小遣いはあるもののここに通う他の生徒たちと比べると少なく、弁当を作る時間も取れない。
他の出費もあるため、食費は学食の最も安い定食で済ませてなりくりするのが精一杯であった。
「何してるんですか?」
「お裾分け」
フウは徐にイナの定食の皿の上に自分の弁当のおかずの揚げ物を移し始めた。
イナが経済的な事情で食事まで切り詰めなければならないのが不憫でならなかったのである。
「いいんですか?あなたのお弁当でしょ?」
「いいのいいの。ちゃんと食べられるなら誰が食べても同じだから。ウチも学食使ってみる!」
フウはおかずを一部イナに譲ると空になった弁当箱をカバンの中にしまい、財布を取り出すと食堂のカウンターまで走っていった。
イナは定食を食べ終えるとフウから貰った揚げ物をこっそりとつまんだ。
(重い……)
揚げ物は味付けが濃く、イナの口の中でガツンとぶつかってくるような感覚さえ覚える。
食が細いイナが複数個食べれば胃がもたれてしまいそうであった。
しかし一個当たりの満足感も確かなものであった。
「お待たせー。イナっちの分も買ってきたよー」
フウはフルーツが多数乗ったショートケーキを二つ持って戻ってきた。
ケーキは学食の人気デザートである。
しかし一個当たりの値段はなかなか高く、イナにとっては月に一回手を出せるかどうかというレベルの代物であった。
「あの、私は何も……」
「いいのいいの。ほら、一緒に食べよ」
フウはイナに対してお金を出すことに躊躇がなかった。
「どうしていろいろ優しくしてくれるんですか?」
「優しくしてるつもりなんてないよー。ウチはただイナっちがキラキラしてるところを見たいだけ」
フウはケーキを食べながらイナを厚遇する理由を語った。
そもそも彼女がイナに接触したのも初対面でイナの中に『キラキラ』を見出したからである。
そのキラキラを見るためなら自分にできることはなんでもするつもりであった。
「美味しいもの食べるとさ。こう、心がキラキラーってしない?」
フウはケーキに舌鼓を打ちながらキラキラを共有しようとした。
イナはここでようやくフウの語るキラキラが何なのかを理解した。
キラキラとは嬉しい、楽しい、面白いといったポジティブな感情を形容したものだったのである。
「確かに、そう言われてみれば……」
「でしょー!イナっちもわかってきたじゃん!」
イナは入学以来初めて誰かと長時間話す昼休みを過ごすこととなった。
そして、フウの思考が少しわかった気がしたのであった。