フウさんとのデートの日が来ました
夏休みも中盤に差し掛かり、社会人たちも夏季休暇の期間に入った頃。
とある日の夜にイナはフウから一件のメッセージを受け取った。
『明日花火大会行こ!前に約束してたデートしよ!』
フウはイナをデートの名目で花火大会に誘った。
彼女たちが暮らす地域では毎年夏に花火大会が開かれる。
規模はそこそこあり、近くの神社には昼間から屋台が並んで夜まで大勢の人で賑わう。
今年もそれが開かれる時がやってきたのである。
それに加え、ここに越してまだ時が浅いフウにとって地域の花火大会は非常に興味深いものであった。
『いいですよ。何時ごろに出発しますか?』
イナはフウの誘いに応じ、二人で予定を組み立てた。
そして翌日、イナは外行用に普段より気合を入れてメイクでめかしこみ、フウの家を訪れた。
昼のうちにフウの課題を進め、夕方ごろに出発する予定であった。
「ねーイナっちー。ちょっと休憩したいよー」
課題を初めて一時間余り、フウは背を逸らせて伸びをしながら休憩を要求した。
座学が苦手な彼女にとって一時間以上ひたすら机に向かい続けるのは相当な苦行である。
隣についているのが恋人のイナであるためなんとか気を保っているがそれも限界が近づいていた。
「いいですよ。お菓子でも食べて休憩しましょう」
イナはフウの頑張りを認めて休憩に入った。
フウが長時間机に向かうのが苦手な性分であることを誰よりも理解しているのは他でもないイナ自身であり、そろそろ休憩を挟む必要があるのも織り込み済みである。
課題の冊子をテーブルの脇に移動させてお菓子を広げ、それに手を付けて一息ついた。
「まだ時間ありますね。あと十五分後ぐらいに再開しますよ」
イナから休憩の残り時間を告げられたフウは上半身を捻ってイナに抱き着くとそのまま寝そべりながら彼女のへそ辺りに顔を埋め、深呼吸を始めた。
「何やってるんですか……」
「イナっちを補給してるー」
「なんですかそれ」
フウはイナの腹に顔を埋めたまま答える。
イナは半分呆れながらもフウの後頭部をそっと撫でた。
フウの表情は見えないが赤いリボンの付いた尻尾の先がフリフリと揺れており、喜んでいるのは確かであった。
フウの鼻息が微かに腹をくすぐり、イナはこそばゆい思いをさせられる。
「もういいでしょう。再開しますよ」
「よーし!もうちょっと頑張るぞー!」
フウは顔を上げると一転して両手でガッツポーズをしてやる気を見せた。
理屈はよくわからないがどうやら気分転換には成功したようであった。
その後もフウはイナに隣についてもらいながら課題を進めた。
解き方のわからない問題や忘れている問題が多く、それの解き方を確認しながらであったため進行は遅かったが自力で解こうとする姿勢や愚図りつつも逃げはしない態度は出会ったばかりの頃と比べれば大きく進歩していた。
フウはしきりに時計に視線を移していた。
花火大会に行くのが楽しみでならず、まるで勉強に身が入っていない。
「そんなに楽しみですか?」
「そりゃあもう!イナっちと二人っきりでデートなんて久しぶりだからマジ心が躍るし!」
フウはデートへの意気込みをイナに語った。
イナは思わずクスクスと笑う。
「じゃあ、ここまでやったら今日のところは終わりにしましょう」
「やったー!」
「もうひと頑張りですよ」
イナはフウに発破をかけた。
フウはたちまちやる気に満ち溢れ、萎れかかっていた耳がピンと立ちあがる。
そしてさらに課題を進めること十数分、フウはついにイナが決めたところまで進め切った。
「よーし!終わったし行くぞー!」
フウは課題の冊子を閉じて筆記用具を片付けると勇み足になった。
その勢いたるやイナすらも置き去りにしてしまいそうなほどである。
「イナっちも早く早く!」
「はいはい。今からでも花火の時間には十分間に合いますよ」
気もそぞろになっているフウを宥めながら少ない荷物をまとめてフウと一緒に家を出た。
「ここの花火大会ってどんななの?」
「そうですねぇ。屋台が並んで、催しがあって、いろんな人で賑わってて、夜になると綺麗な花火が上がる。そんな感じでしょうか」
イナは過去の記憶を頼りに花火大会の様子をフウに語った。
彼女が花火大会に訪れるのは小学校の時以来である。
まだ父がいた頃、両親と三人で屋台の並ぶ神社の通りを歩いた記憶が朧気に蘇る。
「屋台ってどんなのがあるの?」
「食べ物に遊びに、いろいろありますよ」
「へー、楽しみー!」
イナの話を聞いたフウは花火大会への期待を膨らませた。
二人は肌がくっつくほどに身を寄せ合い、楽し気に足を進めて花火大会の会場へと向かうのであった。




