私は何に付き合わされているんですか
スミが帰ったその日の夜、イナはフウに呼び出されてフウの家に訪れていた。
そして今、彼女はフウの自室で一緒にテレビを視聴している。
「一人で見るのが怖いなら見なければいいじゃないですか……」
「でもこれ見てなかったら登校日にクラスの話題についていけなくなるんだもん」
イナはフウに夏の定番ともいえるホラー番組の視聴に付き合わされていた。
イナはホラーが平気な一方でフウは苦手らしく、歳が歳であるがゆえに母に付き添いを頼めない手前イナに付き添いを頼んだのである。
「番組終わるまでずっと傍にいてね?ね?」
「言われなくてもそんなにがっちり抑えてたら離れられませんから」
フウはイナを後ろから抱きかかえるように抱擁し、自身はイナの背に隠れるようにしながらテレビを視聴している。
二人の間には頭一つ分ほど身長差があることも相まって大きな人形を抱えているような姿勢となっていた。
イナはフウが弱気な状態になると甘えたがる傾向にあるのはすでに知っていたがまさかホラーでもこうなるとは想像だにしていなかった。
(姫ちゃんといいフウさんといい、どうしてホラーが苦手なのでしょうか)
イナは自分の周囲にいる人物が尽くホラーを苦手としている理由がわからなかった。
番組が始まってまだ数分であるにも関わらず、フウはイナの後ろで小さくなって恐る恐る画面を見ている。
番組は二時間構成であるため、もうしばらくはこのままでいることを強いられる形になった。
番組内のドラマで恐怖を煽り立てるような演出が挟まる度にフウは驚いて背筋を伸び上がらせる。
その都度フウのイナを抱きしめる腕に力がこもり、イナの後頭部にフウの胸が押し付けられる形となった。
「何がそんなに怖いんですか?」
「だって幽霊だよ!?得体のしれない何かが自分を襲ってくるんだよ!?怖いじゃん!」
イナが呆れたように尋ねるとフウはそう主張した。
「イナっちだって虫怖いでしょ?」
「あれは怖さの方向性が違う気がしますが……」
「とにかく怖いものは怖いの!」
フウはイナが虫嫌いなのを引き合いに出してそれと理屈は同じだと熱弁する。
イナは違うような気がしつつもそれ以上は触れないことにした。
「ひえー、なんでイナっちはそんな平気な顔してられるのさー」
「平気なものは平気だからとしか言えませんが」
イナは背後からフウに尋ねられて淡々と答える。
イナは元々読書家で様々な本を嗜んでおり、ミステリーやホラーもその範疇である。
そんなイナはドラマのとあるシーンを見て全身を強張らせた。
そのシーンでは薄暗い背景の中、羽虫が柱にびっしりと密集してもぞもぞと蠢いていたのである。
次のシーンでは虫は画面からいなくなったがイナは数秒間硬直して動けなかった。
「なんてものを映すんですかこのドラマは……」
「今のより怖い場面なんていくらでもあったじゃん」
イナはいきなり大量の虫を見せられたことに静かに憤慨し、フウは思わずツッコミを入れた。
ホラー番組でありながら二人の怖がる場所はまったく違っていた。
番組が進むにつれ、ドラマの中の恐怖感が増していく。
フウはイナをギュッと抱きしめたまま離そうとしない。
現状を見かねたイナはフウに気休めを与えることにした。
手前に流していた尻尾をフウの背後に回し、脇腹辺りに巻きつけるように当てた。
よく手入れされた毛並みがフウの脇腹をくすぐり、こそばゆい感覚を与える。
「これで少しは安心できますか?」
「……うん」
イナがフウに尋ねるとフウは弱気になりつつも答えた。
フウも合わせて自分の尻尾をイナのそれに絡めており、二人は完全な密着状態であった。
番組が始まって一時間と数十分が経過してドラマもいよいよ佳境に差し掛かった頃、イナはフウの手が自分の胸に触れていることに気づいた。
フウの手はイナの衣服の上から張り出した胸をがっちりと掴んでおり、なんなら指を動かして揉むような仕草すら取っていた。
「あの、手の位置を変えてもらえませんか」
「……」
イナはフウに手の位置を変えるように要求した。
フウは何も答えないが手の位置を変え、イナのへその辺りを抱きしめる。
特に語ることもないイナとドラマに集中するフウ、二人は同じ画面を眺めながら静かな時を過ごす。
そしてドラマが終わり、数分のバラエティーパートとスタッフロールをもって番組は締めくくられた。
「終わったみたいですよ」
「本当?本当に終わった?」
「もう次の番組の予告が入ったのに続くわけないじゃないですか」
イナは苦笑いしながらフウとやり取りを交わした。
フウにはホラーの余韻がまだ残っているようであった。
時刻は午後十時前、家が隣同士でなければそのまま泊まるのも視野に入るような時間帯であった。
「じゃあ私は帰りますよ」
「待って、最後にトイレ付き合って」
イナが立ち上がって帰ろうとするとフウが腕を掴んで引き止めてきた。
あまりに子供じみた要望にイナは絶句するばかりであった。
「一人で行ってくださいよ。もう高校生でしょう」
「あんなの見た後に一人で行くの怖いんだって。お願いだから付いてきて!」
フウは必死になってイナを引き止める。
仕方がないのでイナはフウのトイレに同行することにした。
「はい。今度こそ帰りますからね」
「うん。ありがと!」
フウが用を済ませたのを確認したイナは今度こそ帰宅していった。
(イナっちのおっぱいの感触……)
イナが帰った後、フウはどさくさに紛れて揉んだイナの胸の感触を思い出して悶々とするのであった。




