あの子は身体能力がすごい
フウとイナが初対面を果たした翌日の朝。
イナはいつものように登校し、自分の席で教科書を広げて授業の開始を待っていた。
登校完了時間まであと十分、そこから一限が始まるまではさらにあと二十分ほどある。
(フウさん、まだ来てないな)
イナはふと前の席に目をやった。
そこにはフウの姿はまだない。
登校完了時間まであと五分ほどである。
「オラァ!もうすぐ登校完了時間になるぞ!お前ら急げ急げ!」
校門の前でヘラジカ族の体育教師が生徒たちを急き立てる声が聞こえてきた。
アステリアの朝の日常風景である。
「おはようございまーす!」
登校完了時間まであと一分のところで聞き慣れた大きな声がイナの耳に入った。
イナが思わず教室の窓から校門の方を見ると、そこには疾風の如く駆け抜けるフウの姿があった。
彼女の尻尾に付いた赤いリボンが遠目に見てもよく目立つ。
フウは飛び込むように校門をくぐり抜けるとそのままノンストップで下駄箱の方へと突っ込んでいった。
体育教師はフウの姿に一瞬呆気に取られたがその後すぐに校門を閉めた。
(はっや……)
イナはフウの本気の身体能力の一部を目の当たりにして思わず圧倒された。
「おっはよー!」
フウは教室に飛び込んでくるなりクラスメイトに挨拶を入れた。
家まで本当に止まらずに突っ走ってきたせいか顔が真っ赤になっており汗が吹き出している。
登校二日目からインパクト抜群の登場であった。
「フウちゃんすごい!前は運動部とかだったの?」
「やっぱりトラ族は違うなー」
「でしょでしょー。ウチがトラ族でよかったーって感じ」
フウはクラスメイトたちから次々に声をかけられた。
フウは息を切らしながらも応対して自分の席にカバンを置いた。
「おはよーイナっち」
「おはようございます。どうして遅くなったんですか?」
「なんかメイクが決まらなくてさー」
(別にいいじゃないですかそんなことぐらい)
フウは身支度の化粧の出来栄えに納得がいかずにやり直していた結果、遅刻寸前まで家を出られなかったようであった。
学校に行くときに化粧をしないイナにとっては心の中で突っ込まずにはいられない。
軽いやり取りを交わした後、授業が始まった。
今日の一限は数学である。
(もう寝そうになってるし)
授業開始から十五分余り、フウは早くも上半身をゆっくり上下に揺らしていた。
尻尾も床の方に垂れ下がっており、彼女が睡魔に襲われているのはイナの目にも明らかである。
イナはフウの目を覚まさせるために机の下に潜り込んでフウの尻尾を掴むとまっすぐに引っ張った。
するとフウの身体がピクリと跳ね、目がぱっちりと見開く。
どうやら眠気は吹き飛んだようであった。
「いくら勉強が苦手でも授業中に寝ないでください」
「いやー、ゴメンゴメン」
授業後、イナとフウは話し合っていた。
自分より座高の高いフウがうつ伏せになると後ろにいる自分が相対的に目立ってしまうため、イナはそれを避けたいという意図もあった。
「次は体育ー、更衣室ってどこ?」
フウは着替えを持ってイナを引っ張り出した。
体育はフウが本領を発揮する授業である。
更衣室に入るとすぐにフウは制服を脱ぎ捨てた。
フウがシャツを脱ぐと筋肉の付いた女子にしては逞しい腕と割れた腹筋がうっすらと浮かぶ引き締まった腹部が露わになり、スカートを脱ぐとこれまた筋肉がしっかりついた太ももが露出する。
無駄を削ぎ落として運動に特化したとでも言うべきフウの肉体美にイナはつい息を飲んだ。
そしてすぐに我に帰り、自分も体操服に着替えると運動場へと向かった。
体育の授業はレクリェーションとしてドッジボールが行われることとなった。
イナは早々に外野に回り、コートの外からフウの様子を見ている。
「よーし行くぞー!」
フウは相手がパスようとしたボールに飛びついてそれキャッチすると、目の前にいる相手に向かって思い切り投げ込んだ。
彼女の剛腕から放たれる一投は残像が見えそうなほどの速度を伴いながら高度を落とすことなくまっすぐ相手のコートを突き抜ける。
それを見たクラスメイトたちはただ絶句することしかできなかった。
その後もフウは相手のパスをことごとくカットし、ボールを受け取ればコートを抉るような勢いの豪速球を放つ。
攻めも守りも自由自在で八面六臂の大活躍であった。
「いやー楽しかったなぁ。やっぱ身体を動かすって最高!」
体育の授業後のフウはとても満足げであった。
そんなフウを讃えて多くのクラスメイトの女子が彼女を囲んでいる。
(さすがトラ族……)
フウの活躍を目の当たりにしたイナは囲いの外から彼女のことを称賛するのであった。