妹みたいで可愛いですね
虫取りを終えたイナたちは虫かごの中の虫をタマムシのみにして残りをリリースし、フウの家に戻った。
「えっへへー。こんなに綺麗なの取れてラッキー。学校の皆に自慢しちゃおー」
スミはフウの家のリビングでテーブルに置いた虫かごの中のタマムシを眺めて悦に浸っていた。
小学生らしく無垢なる感情のままに赤茶と黒の縞模様の長い尻尾がフリフリと揺れる。
そんな彼女の姿をイナとフウは一歩後ろから微笑ましく見守っていた。
「スミちゃん、今のうちにスケッチやっちゃいなー」
「うん」
フウに課題を進めることを促されたスミは荷物の中から課題用の冊子と色鉛筆を取り出した。
冊子を広げ、携帯で斜め上からのアングルでタマムシを撮影すると写真と実物を真剣に見比べながら色鉛筆を走らせる。
「フウさん、お姉さんみたいなことできるんですね」
「まあスミちゃんはウチの妹みたいなもんだし」
フウはスケッチに勤しむスミを眺めながら得意げに語る。
フウ自身は一人っ子だが年に数回やってくるスミのことは彼女が生まれて間もないころから世話を焼いているため、従妹でありながら姉のように振舞っている。
「それはそうと。フウさん、ちゃんと私がいない時も課題は進めてますか?」
「えっ、そりゃーもちろん」
イナが課題の進捗を尋ねるとフウは焦るように返事した。
その返答が嘘であることはイナにはお見通しであった。
「どうなんですか?」
イナがグイっと顔を近づけて迫るとフウは気まずそうに目を逸らした。
何も言わずともすでにその反応が答えを物語っている。
「あ、あんまり進んでないかな……」
「本当のところは?」
「ごめーん!全然やってなーい!」
イナに迫られたフウは観念して正直に打ち明けた。
彼女はイナといる時以外は課題に一切手を付けていなかったのである。
如何にもフウらしい返答にイナは呆れてため息をついた。
「私がいないとずっと遊んでばかりじゃないですか」
「うぅー……」
イナが窘めるとフウはバツの悪そうな顔をしてシュンとしながら耳を伏せた。
(アタシは何を聞かされているの……?)
スミは脇で繰り広げられるイナとフウのやり取りに意識が向いてしまった。
姉のように世話を焼いているフウが自分より背丈の低いキツネ族のイナに言われるがままになっている光景にただただ目と耳を疑うばかりであった。
「できたー!」
気を取り直し、スケッチを終えたスミは大きく背筋を伸ばした。
それと同時に張り詰めかけていた集中力が解け、うとうととし始める。
やはりフウと同じ血筋ということもあり、彼女も長時間机に向かうのは苦手なようであった。
「ふわぁ……」
「おねむ?」
「うーん……」
スミはさっきまでの元気な姿とは一変してフラフラとした様子で席を立った。
そのままフウの方に接近し、彼女の方に寄りかかる。
「やれやれ。大きくなってもまだまだ子供だねー」
「……」
フウはスミを子ども扱いするがスミは睡魔に駆られてもはやまともに返事すらしない。
気づけばフウの腕の中で瞼を閉じてすやすやと寝息を立て始めていた。
フウはスミを抱え上げるとソファの上に寝かしつけ、その上にブランケットをかけた。
「スミちゃんって昔からこうなんですか?」
「まあね。机に向かって集中してるうちは大丈夫なんだけど終わるとすぐこれだよ」
スミの寝顔を観察しながらイナとフウは小声で会話した。
スミは勉強自体は苦手ではないものの、一度机に向かうと過剰に集中してしまうため一区切りがつくと消耗が祟って急激に眠くなってしまうのである。
「フウさんにそっくりですね」
「もしイナっちに妹がいたらイナっちみたいな子になってたのかな」
「さあ、どうでしょうね」
フウはイナに妹がいたらどんな子になっていたのかを夢想した。
イナに妹はいない、それどころか父母どちらの親族とも疎遠になっているため従妹が存在するかすらもわからない。
「あ、そうだ。今度パパが帰ってきたらスミちゃんと一緒に夜うちでバーベキューやるんだけどさ、よかったらイナっちもおいでよ。イナっちのママも一緒に連れてさ」
フウはイナをバーベキューに誘った。
二人はイナの母公認の関係ではあるがそこからさらに進展して家ぐるみでの付き合いになろうとしていた。
もちろんフウからすれば打算なしの純粋な好意からの誘いである。
「いいんですか?」
「ママはすでにいいって言ってるし。絶対みんなでやった方が楽しいよ」
フウはイナの返答を期待していた。
それは行き当たりばったりな提案ではなくすでに計画されており、母からの了承も得ていた。
「お母さんに相談してみますね」
「うん。楽しみに待ってる」
「それじゃあそれまでに課題進めておかないとですね」
「うへー」
イナに流れるように勉強へと持っていかれたフウは苦虫を噛みつぶしたような表情を見せた。
その脇でスミは涎を零しながら寝息を立てるのであった。




