フウさんの従妹が来ているみたいです
夏休みのとある日、イナが冷房の効いた自室で一人読書に耽っていると携帯に通話の着信が入った。
送信者はフウである。
「もしもし?」
『もしもしイナっち?今からウチに来れる?』
フウは通話で誘いをかけてきた。
普段はメッセージで誘ってくるため、珍しいパターンであった。
「別に構いませんが、何かあったんですか?」
『今ウチの従妹が来ててさー、イナっちの話をしたら会ってみたいって言って聞かなくて』
「えぇ……」
事情を聞いたイナは困惑していた。
一方でスピーカーの向こうでフウと誰かが会話をする声が聞こえる。
『来てくれるってさー。もうちょっと待っときー』
『本当?嘘じゃない?』
『こんなしょーもないところで嘘つくわけないじゃん』
フウの話し相手の声はやや幼い少女のそれであった。
どうやら彼女がフウの従妹のようである。
「今から支度しますから、少し待っててくださいね」
『うん。できるだけ早めに来てくれると助かるー』
フウはそう言い残すと通話を切った。
通話を終えたイナは本に栞を挟むと外出の準備を始めた。
髪を整え、薄めのメイクを施し、部屋着から外行の私服に着替えると冷房を消して家を出た。
そしてすぐ隣の家に足を運び、呼び鈴を鳴らした。
「待ってたよイナっちー!」
「ずいぶんと急かしてくれましたが……」
「今度デリトレ奢ってあげるから許して」
「仕方ないですね」
玄関先でフウと軽いやり取りをしてイナはフウの家に上がり込んだ。
「お待たせー」
「わーすごい!本当にいたんだー!」
「初めまして。フウさんのお友達のイナです」
イナがフウの部屋に入ると、そこにはトラ族の少女の姿があった。
少女の外見は背丈がイナと同程度、髪型と毛色、瞳の色以外はアルバムで見た幼少期のフウにそっくりであった。
少女はイナと目を合わせると、どういうわけか急に硬直してしまった。
「ほら、挨拶挨拶」
「初めまして!アタシ、スミって言います!」
フウに促されて少女はイナに挨拶をした。
スミはフウの母方の叔母の子である。
「スミちゃんですね。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
イナがスミの手を取るとスミは天井を仰ぎながら声を上げた。
どうやら彼女は緊張に弱いあがり症のようであった。
緊張で萎縮するスミの姿はイナに愛嬌を覚えさせたが、一方でフウは自分の目を疑うように呆然としている。
「えっ、スミちゃんってそんな顔するの?」
「は?何のこと?」
フウの声が耳に入ったスミは我に返ってさっきまでの口調に戻った。
彼女があがり症であることはフウですら知り得ない情報だったのである。
「どうよスミちゃん、ウチのイナっちを初めて見た感想は」
「すごい……髪サラッサラで肌綺麗だし、超美人……」
スミはイナの容姿に圧倒されていた。
イナは背丈こそ小柄ではあるものの、美人顔であるというのは最早共通認識であった。
「スミちゃんも可愛いと思いますよ。フウさんの小さい頃にそっくりです」
「えっ⁉︎そ、そうですか⁉︎」
イナに手を握られたスミは視線を泳がせながらあたふたしていた。
フウとはまるで違う従妹との触れ合いにイナは楽しさを感じ始めた。
「スミちゃんは小学生なんですね。学校は楽しいですか?」
「はい!それはもう……」
スミはイナと直面してあがりっぱなしであった。
「もしかしてスミちゃん、イナっちに一目惚れしちゃった?」
「いや!まさかそんなわけ!」
フウがからかうように尋ねるとスミは大慌てでそれを否定した。
年頃の小学生らしい取り繕い方にイナとフウは微笑ましさを感じる。
「図星じゃーん。やっぱ血は争えないねー」
スミの態度からイナに対する感情を見透かしたフウはニヤニヤした表情を浮かべてスミの肩に腕を回しながら語り掛けた。
対するスミは反論の余地が無くなり、肩をすくめながら俯いた。
(私にはこういう人たちに好かれる何かがあるの……?)
スミの態度を見たイナは自分に何か特殊なものが備わっているのではないかと疑った。
フウ、エリカ、ツバキからなにかと好意を受けており、そこにスミが加わればいよいよそう思わざるを得ない。
「じゃあフウ姉とイナさんってどういう関係なの?」
「そりゃー超仲良しよ。ねー?」
「そうですね」
フウに同意を求められたイナはニコニコしながら簡潔に同調した。
「せっかくイナっち来てくれたし、スミちゃんなにかやりたいことある?」
「虫取り!」
フウがスミにリクエストをすると、スミは勢いよく答えた。
彼女は夏休みの課題の観察スケッチのために昆虫採集をしたかったのである。
それを聞いた途端にイナはピタリと動きを止める。
というのも、彼女は虫が苦手だからであった。
「虫取りかー、近くにいいところあったかなー。イナっち知ってる?」
「知ってるには知ってますが……」
「よーし!じゃあそこへゴー!」
フウが先頭に立ち、イナたち三人は昆虫採集に出かけることになった。
イナはイマイチ気乗りしないながらもスミのために同行するのであった。




