小さい頃の話をしましょう
フウの家で昼食を振舞ってもらったイナは一息ついたところでフウと一緒に時間を過ごしていた。
課題をある程度進め、その後は一緒にゲームで遊んだり話題のファッションアイテムをチェックしたりといつもの延長線のような時が流れる。
気がつけば時刻は夕方になっていた。
フウの携帯に一件のメッセージが届いた。
「もうすぐママ帰ってくるってー」
メッセージの送り主はフウの母であった。
デーゲームの観戦を終えてもうすぐ帰ってくるのだという。
「そろそろお暇したほうがいいですか?」
「えー。もうちょっと一緒にいようよー」
イナが解散を仄めかすとフウは縋りついて露骨に引き留めてきた。
恋人という関係を隠す必要がない空間にいるせいか、普段以上に甘え方が直球である。
仕方がないのでイナはフウのワガママに付き合うことにした。
午後五時過ぎ、フウの家の玄関が開いた。
フウの母が帰ってきたのである。
「フウー!ケーキ買ってきたから食べましょー!」
一階からフウの母のパワフルな声が響いてきた。
それを聞いたフウは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。
「イナっちもおいでよ」
「ええ、ですが……」
「いいっていいって」
フウはイナの手を引っ張って再び一階へと降りていった。
イナは完全にされるがままであった。
「おかえりママ!」
「ただいま。あら、イナちゃん来てたの」
「お邪魔してます」
フウの母と顔を合わせたイナはお辞儀と挨拶をした。
「はい。じゃあイナちゃんはここに座って」
フウの母はイナを席の一角に案内した。
早くも断れない空気を作られ、イナは言われるがままにそこに着席する。
「はい。フウはこれ付けて」
フウの父が部屋の奥から何かを取り出すとそれをフウに手渡した。
渡されたものは『本日の主役』と黒字で大きく書かれた手作りの赤い襷であった。
「今年もやらないとダメ?」
「もちろん。年に一回だけだから頼むよー」
父から念押しされたフウは渋々襷をかけた。
どうやら毎年誕生日になるとこれをやっているようであった。
「というわけで、十七歳のお誕生日おめでとー!」
「おめでとー!」
フウが襷をかけると彼女の両親がノリノリでお祝いを始めた。
テーブルの中央に置かれたホールケーキにフウの父が蝋燭を立て、ライターで火を灯す。
「よーしやるぞー!」
初めは渋々がっていたフウもすぐにノリノリになり、大きく息を吸い込んだ。
そして蝋燭の火に向かって勢いよく息を吹き込むと一息ですべての蝋燭の火を消してみせた。
そのうちの一本は火が消えた直後にケーキからすっぽ抜けてテーブルの上を転がる。
フウの両親は拍手をし、イナも同調して小さく拍手をした。
フウの母が取り皿を用意するとケーキを切り分けてフウとイナの前に差し出した。
「ちょっとお母さんに連絡を……」
イナは一言前置きをすると携帯で母に連絡を入れた。
「もしもしお母さん?うん。今日の晩ご飯、私の分は作らなくてもいいから。うん、じゃあね」
母と十数秒程度のやり取りを済ませたイナは携帯をポケットにしまい、フウのささやかな誕生日パーティに参加する。
「ねーねーイナっち、あーんってして」
「しょうがないですね……はい、口開けてください」
イナはフウの要求に応じてケーキを切り取るとその一口をフウに食べさせた。
「ママもあーんってやりたいなー」
「パパもパパも」
「ウチはイナっちにやってもらいたかったのー!」
イナとフウのやり取りを見ていたフウの両親が便乗してきた。
フウはワガママを主張して二人を突っぱねる。
「ねえイナちゃん。フウの小さい頃の写真あるけど見る?」
フウの父がどこからともなくアルバムを取り出してくるとイナに声をかけた。
イナは興味をそそられ、耳をピクリと動かして反応した。
「ちょ!パパなんでそんなもの持ってくるのさー!」
「せっかくだからここまでの成長の軌跡を見てもらおうと思って」
フウの抑止を振り切って彼女の父はアルバムを開いた。
そのアルバムには少しばかり古ぼけた写真が貼り付けられている。
「これが生後一ヶ月のフウ」
「本当に生まれた時から白毛だったんだ……」
いきなり生後のフウの写真を見たイナは衝撃を受けた。
出会ったばかりの頃に話していた生まれつきの突然変異で白毛になったという話に偽りがないのがこれで確定したためである。
「おじさんたちも驚いたよなぁ」
「ねー」
フウの毛色に驚かされたのは彼女の両親も同様であった。
まさか自分たちの娘に突然変異が起こるとは想像もしていなかったのである。
「これがねー、幼稚園に入った頃のフウ」
「へー、可愛いですね」
「わー懐かしー!」
フウ一家と一緒になってイナはアルバムを覗いた。
写真に収められたフウの過去の姿にイナは新鮮さを感じ、逆にフウは当時の記憶を思い起こしてノスタルジーに浸っている。
どの写真でも笑顔でピースサインを向けており、その周囲には常に友人たちの姿がある。
フウの生来の人懐っこさが写真からでも感じられた。
「イナっちの昔の写真も見てみたいなー」
「それなら持ってきましょうか?」
「今から持ってくるの大変じゃないか?」
「大丈夫です。私の家はここの隣なので」
イナの父の疑問に対してイナはそう答えると席を立ってフウの家の玄関を出た。
一時的に家へと帰り、その数分後にアルバムを持ってフウの家に戻ってくる。
「これがうちのアルバムです。写真は少し少ないですが……」
イナは少し寂し気にそう呟くと抱えていたアルバムを開いてみせた。
そこには幼いころのイナと若き日の家族の姿が収められている。
「えっ、ちっちゃいころのイナっち可愛すぎ。ちょこんとしてて人形みたい。尊すぎて気絶しちゃいそう」
写真に写ったイナの姿を見たフウは真顔になって支離滅裂な発言をした。
幼少期のイナはまだメガネをかけておらず、ダークゴールドの瞳がぱっちりと見えている。
「このイナちゃんを膝の上に乗せてる人はイナちゃんのお父さん?」
「はい。そうですよ」
フウ一家は写真に写っているイナの父の姿に興味をひかれた。
黒毛に細目の向こうから娘と同じダークゴールドの瞳を覗かせる華奢なキツネ族の男性、それがイナの父の姿であった。
「カッコいいー!こんなカッコいいお父さんと美人なお母さんの子なんだからそりゃあイナっちも美人になるよね」
「持て囃しすぎですよ」
フウ一家はイナ一家のアルバムを見ていたがイナが十歳の時を境にアルバムからは写真が途絶えてしまった。
そこで何が起きたのはフウにもある程度の察しがついた。
「もしかしてここから先って」
「父が亡くなった後ですよ」
イナは少し寂し気に呟いた。
彼女は時を経て父の死を受け入れこそはしたものの、それによって発生した自身を取り巻く環境の変化にはいまだに多少思うところはあった。
「イナちゃん、うちの娘になる?」
「我が家はいつでも大歓迎だぞ」
アルバムを閉じたフウの両親はイナを迎え入れる姿勢を見せた。
「お気持ちだけで十分ですよ。私には私の家族、お母さんがいますから」
イナは謙遜するように言ってのけた。
父がいないとはいえ母はまだ存命であり、女手一つで娘を育てる唯一の肉親である。
そんな母を置き去りにするような行動はできなかった。
「ねーねー、イナっちの誕生日っていつ?」
「十二月二十五日です」
「そっか。ならその時になったらいーっぱいお祝いしてあげるね!」
フウはイナの誕生日を祝うことを約束した。
彼女の両親も首を縦に振って協力の意を示している。
こうしてイナはフウ一家という第二の心の拠り所を獲得したのであった。




