少し早いけどお祝いを
映画の上映数分前になり、イナたちはポップコーンとドリンクを購入してスクリーンへと足を運んだ。
例にもよってイナは連続する席の真ん中に配置され、右隣にフウ、左隣にエリカが座る。
二人に挟まれるのはもはや慣れたものであった。
映画が始まり、周囲が暗くなった。
イナはポップコーンとドリンクを席に備えられたホルダーにセットし、尻尾を左の太ももの上に添えてスクリーンに視線を向けた。
スクリーンでは冒頭から主役のヒョウ族の男が激しいアクションを繰り広げていた。
画面では派手な爆発が起こり、激しい効果音を背景に作品のプロローグが主役の口から回想のように語られる。
(そんな滅茶苦茶な……)
イナは作品の設定に心の中でツッコミを入れた。
常識的に考えればまずありえない話だったがこの映画はそんなことは大前提として楽しむものである。
フウとエリカはスクリーンで繰り広げられるアクションに夢中になっていた。
上映中、イナはアクションシーンで何かが素早く飛び回る旅にフウとエリカが視線でそれを追っているのに気づいた。
その眼差しは真剣で、今にも飛びついていきそうな姿勢である。
(ネコ族みたいだな)
イナは両脇の二人の姿にネコ族の面影を見た。
トラ族とライオン族、ネコ族はまったくの別種族であり、前者二種族はネコ族と同一視されるのを嫌がる傾向にあるため思ったことは口に出さずに心の中に留めることにしておいた。
アクションと爆発、そして少々のドラマを経て再びアクションを繰り返すこと約二時間の上映を経て映画はエンドロールを迎えた。
(すごい。内容が何も頭に入ってこなかった)
イナはスクリーンが明るくなった後呆然としていた。
映画は冒頭のあらすじ説明以外でストーリーを理解できる場面が何一つとしてなく、目の前で派手なアクションが何度も繰り広げられるというイナの中の映画に対する固定観念が粉々になるような作品であった。
「いやーすごかったなー」
「すごかったですねー!流石はヒョウ族のアクションってカンジです!」
イナが呆然とする一方でフウとエリカはアクションシーンの出来栄えを絶賛していた。
一方でストーリーについては何も触れていない。
「あの……面白かったですか?」
「そりゃ、あんなアクションみたら面白いでしょ。ねー」
「もちろんです!これは頭を空っぽにしてアクションを見る映画ですから」
イナが疑問を呈すとフウは当然のようにそう答えた。
どうやらこの映画を鑑賞しに来る客はストーリーではなくアクションシーンを目当てにしているらしく、イナのようにストーリーに主眼を置くのは逆に異質ともいえる有様であった。
こうしてイナは映画鑑賞に関する新たな知見を得たのであった。
「そろそろいい時間ですね。この辺でお別れしましょう」
「うん。姫ちゃんも夏休み一緒に遊ぼうねー」
映画鑑賞を終え、三人はショッピングモールの入り口でお別れしてそれぞれの帰路に就いた。
時刻は午後四時前、最も暑い時間が過ぎて少し涼しくなりつつある時であった。
「フウさん。ちょっとだけ待っててもらっていいですか?」
「うん」
二人が家の前まで通りかかった頃、イナは自宅の玄関前でフウを呼び止めた。
フウはイナが呼び止めてくるなんて珍しいと思いつつも素直に従い、玄関前でじっと待つ。
ほんの十数秒の時を経てイナは綺麗に包装された小箱を持ち出すとそれをフウへと差し出した。
「なにこれ」
「明日誕生日ですよね。本当は明日渡すか迷ったのですが……」
「プレゼントくれるの!?」
「お察しの通りです」
フウは歓喜に満ちた表情を浮かべるとイナからのプレゼントを受け取った。
「開けてみていい?」
「どうぞ」
イナからの許可を得たフウは包装を解いて中身を確かめた。
箱を開け、中に入っていた真紅のリボンを見たフウは目を輝かせる。
それが普段自分が尻尾に付けているアクセサリー用であることも一目瞭然であった。
「これイナっちが選んでくれたの!?」
「はい。気に入ってくれるといいのですが……」
「付けてみる!」
フウはそう言うとすでにつけているリボンを解き、貰ったリボンを新たに結び直した。
「どう?似合ってる?」
フウはイナにリボンを見せるようにその場でクルクルと回った。
イナの目にはフウの白と黒のツートンカラーの尻尾に鮮やかな赤色のリボンがとてもよく映えているように見えた。
「ええ、とてもよく似合ってますよ」
イナはニコニコしながら答えた。
謙遜やお世辞などではなく、忌憚のない本心から出た褒め言葉である。
「ありがとー!これから毎日つけるね!」
「そんな大袈裟ですよ」
フウは感激の意を示してイナに抱き着いた。
それと同時に何かを訴えかけるようにイナの目を見つめる。
「ねえイナっち、ハピバのキスして?」
「やっぱり欲しがりさんですね。貴方は」
フウからキスの要求をされたイナは優しく目を細めるとフウの頭を寄せて唇をそっと重ねた。
フウはイナとのキスの感覚を求め、彼女に身を委ねてぎゅっとしがみついた。
十数秒のキスを経てイナはそっと唇を離した。
「満足しましたか?」
「大満足!じゃあね!」
フウは満悦の表情を浮かべると手で口元を拭って家へと帰っていった。
イナは微妙な反応を見せられたらどうしようかと憂いていたがそれは杞憂に終わった。
こうして、二人の夏休みが始まったのであった。




