姫ちゃんのお姉さんは不思議な人です
三者面談二日目の午後二時過ぎ、イナはエリカの姉ツバキの案内役を務めてアステリアの校内を歩いていた。
三者面談までの時間潰しも兼ねて妹の母校の見学をしているのである。
二人のすぐ背後にはフウとエリカがついている。
たが二人の表情はどこか怪訝であり、今にもツバキに襲い掛からんとばかりであった。
両者ともイナを独占されている状態に不満を感じているのである。
「へぇー、じゃあキミは特待生だから授業料を免除されてるの」
「そんなところですね」
ツバキはイナの校内での姿を本人の口から聞き出した。
イナが学年でトップの成績を保持しているのは事実であり、定期考査では二回連続で学年一位を維持している。
「流石は私立校、設備も綺麗に整っているね。アタシは公立校だったからいろんなところがボロボロだったよ」
ツバキはアステリアの教室以外の設備を見て感心していた。
彼女は公立の高校出身であるため、学生時代に綺麗な設備を利用できなかったのである。
「授業で屋内プールが使えるの!?いいないいなぁ!」
屋内プールを見たツバキはアステリアの生徒たちのことを羨んだ。
ツバキの声に反応して部活中の水泳部員たちが一斉に彼女の方に注目した。
「あれってゴールドレオじゃない?」
「なんでこんなところに来てるんだ?」
水泳部員たちはツバキがゴールドレオであることにすぐに気づいて騒ぎ始めた。
「もしかしてツバキさんのこと知らなかったのって私だけですか?」
「そうだろうね。探せば他にもいるだろうけれど見つける方が難しいんじゃないかな」
イナが独り言のように呟くとツバキがそれに反応して耳打ちした。
彼女自身も若者の間での自分の知名度についてはある程度自負しており、本当に自分のことを知らなかったイナのことがある意味では珍しく見えていた。
イナとツバキが話していると、ツバキのことを知る水泳部員たちが彼女の周囲を囲んできた。
「あの、ゴールドレオさんですよね!?」
「うん。そうだよ」
ツバキはサングラスを上げて素顔を見せた。
動画で見るのとそっくり同じ顔が現れ、周囲から歓喜の声が上がる。
「せっかく来てくれたところ悪いんだけど今日は撮影じゃない用事のために来ててさ。個別のファンサする時間ないから記念撮影だけで許してくれないかな」
ツバキはそういうと自分の携帯を取り出してカメラを起動した。
あくまで用事で来ていることを伝えつつもファンサービスを欠かさないストリーマーの鑑のような対応を見せた。
「エリカ、撮影お願い。画角は斜め上からでね」
ツバキはエリカを撮影係にして水泳部員たちと記念撮影をした。
その写真はツバキからエリカへ、エリカからフウへ、フウから水泳部員たちへと送られていく。
「SNSへの投稿はNGで頼むよー。もし流出を確認したら然るべき対応をさせてもらうから」
ツバキは一緒に写った水泳部員たちに釘を刺すように忠告した。
そして踵を返し、屋内プールの見学を終えて校舎内に戻っていった。
「そんな怖い顔しないでよー。ビビっちゃいそー」
一通りの見学を終えたツバキはフウとエリカを宥めた。
フウとエリカはイナの隣を独占されて独占欲と嫉妬心が丸出しである。
ツバキも口では下手に出ているがその表情は余裕でビビるような様子は微塵も感じられない。
「ジュース奢ったげるから許してほしいなー」
ツバキは手持ちのミニバッグから財布を取り出すと最寄りの自販機に立ち寄った。
フウとエリカも流石に物には釣られたようでツバキの後に続くと品定めを始めた。
ジュースを与えてフウたちからのヘイトを軽減したところで再びイナに視線を送った。
「ねえイナちゃん。今度うちの企画に出演してみない?」
「……へ?」
「えーーーーーっ!?」
イナは言葉の意図が分からず呆然とした。
その後ろではフウが大声をあげて驚いている。
大手ストリーマーであるツバキから直々に出演の誘いが来るなど素人目線ではとんでもないことであった。
「キミ、逸材だと思うんだよね。メガネで隠してるけど美人だし、話してて面白いしさ。ところでキミ、ゲームやったことある?」
「友達の家で遊んだことなら」
「あはっ、やっぱりー」
ツバキは予想通りと言わんばかりに笑みを浮かべた。
「キミが出演してくれると絶対動画映えすると思うんだけど、どう?一緒に有名配信者の世界に来てみない?」
「あの、私外向けで目立ちたくないのでそういうのは……」
イナはツバキの誘いを断った。
イナには目立ちたくないという願望が申し訳程度に残っていた。
校内ではすでにそこそこの有名人になってしまっているものの、せめてそれを校内に留めておきたかったのである。
「そっかー。じゃあ気が向いたらまた声かけてよ」
ツバキはあっさり引き下がると同時にしれっと自分の連絡先をイナと交換した。
思わぬ形で有名人と繋がりを得てイナは理解が追いつかず首を傾げた。
「せっかくだからキミとも交換してあげよー」
ツバキはフウとも連絡先を交換した。
アカウント名は本名のツバキで登録されており、フウに意外性を感じさせた。
「本名で登録してるんですね」
「まあねー。仕事用の連絡先は別で用意してあるから」
イナとフウがツバキと話をしているところにエリカがツバキの服の袖を引っ張った。
「そろそろ時間だよ」
「あー確かに。じゃあ今日のところはここまでってことでー」
ツバキは話を切り上げるとエリカに引っ張られる形で教室へと向かっていった。
上半身を翻し、エリカに掴まれているのと反対の手を振ってイナたちにアピールする。
イナとフウは手を振り返してそれに応じた。
「ゴールドレオのプライベートの連絡先を交換してもらえるなんて夢みたい……」
「私にも何がなんだか……」
フウとイナはしばらく呆然とさっきまでのことを振り返っていた。
ツバキは配信中のパワフルなキャラと普段のやや声の抑揚に欠けたダウナーなキャラとを織り混ぜ、本心を悟らせないような動きをする不思議な人物だとイナには感じられた。
フウはそんなイナの背中に覆い被さるように抱きついてべったりともたれかかっていた。
「何やってるんですか?」
「さっきまでイナっち貸してあげたから今度はウチがイナっち成分補給してるのー」
「そんな成分ありませんよ。それに抱きつくなんていつもやってるじゃないですか」
「今日はまだしてないし」
フウは人目も憚らずイナに後ろから抱きついて密着を続けた。
帰り道、イナに一件のメッセージが届いた。
送り主はツバキである。
『うちのエリカ、普段はおっとりしてるけどいざとなったらすごい勇気を出せる子だからいざという時は頼ってあげてね』
ツバキからのメッセージ、それは妹のエリカを後押しするようなものであった。
(知ってますよ)
イナはメッセージを読むと心の中で静かに呟いて画面を閉じた。
「誰から?」
「内緒です」
「あーっ!さては新しい女だな!?」
「誤解されること言わないでください」
イナは携帯をポケットにしまうとフウといつものようなやり取りを繰り広げながら家に帰るのであった。




