パワフルなお姉さんに出会いました
三者面談二日目、この日はエリカの面談の日であった。
午前中で授業を終えたイナとフウはエリカを誘って三人で食堂に集まって時間を潰していた。
「そういえば、今日姉さんが先輩に会ってみたいって」
「姉さんって姫ちゃんの?」
「はい。今日の三者は姉さんが来ることになってるので」
フウは首を傾げた。
彼女はエリカの家庭事情を知らないため、姉が三者面談にやってくるのが不思議でならなかった。
午後二時を回ろうとした頃、何やら生徒たちの声が騒がしくなった。
イナはその声の一部を聞き取り、何が起こったのをそれとなく察する。
「ゴールドレオ……って誰ですか?」
「えーっ!?イナっち知らないの!?」
イナの反応にフウは驚くと自分の携帯をいじってイナに画面を見せた。
画面にはライオン族の女性のアイコンと彼女の動画チャンネルが表示されている。
「ゴールドレオは登録者二十万人越えの動画配信者だよ!ウチもチャンネル登録してるんだから!」
フウはゴールドレオという人物についてイナに紹介した。
ゴールドレオはアニメやゲームといったサブカルチャーを中心に発信し、時には体を張った企画も行うパワフルなスタイルで人気を博すストリーマーである。
彼女がすごい人物であることはサブカルチャーに疎いイナでもなんとなく理解できたがそんな人物がなぜアステリアを訪ねているのかがわからなかった。
だがその容姿を見て何かを察した。
「もしかしてこの人って」
「ボクの姉さんです……」
イナが探りを入れるとエリカが答えた。
ゴールドレオはエリカの保護者として面談をしに来たのである。
「お待たせー!」
衝撃の事実を知ったところで周囲の雑音を全てかき消すように大きな声が食堂に響いた。
それは『彼女』がやって来たことを告げる一声であった。
イナたちが声のする方を見ると、すでに写真で見たのと同じ顔をしたライオン族の女性がこちらに向かって来ていた。
大きなサングラスを着用し、有名人オーラをバリバリに出している。
「初めましてー。エリカの姉のツバキでーす。ゴールドレオっていう名前の方がピンとくるかな?」
ライオン族の女性はエリカと合流するなり足を止め、サングラスを額の上に上げるとイナとフウに挨拶した。
「初めまして!ウチ、フウって言います!ゴールドレオさんのファンです!」
「へー、キミリスナーなんだ。いいね」
フウがゴールドレオのリスナーであることをアピールして握手を求めるとツバキは歓喜してノリノリでそれに応じた。
「あの、姉さん。まだ時間結構余裕あるんだけど……」
「我が妹の通う学校をこの目でじっくり見てみたくてねー」
エリカがまだ面談の時間でないことを伝えるとツバキはサングラスをかけ直す仕草をしながら答えた。
その途中、ツバキの視界にイナの姿が移った。
「キミは……」
ツバキは視線をイナの目の高さに合わせてぐっと顔を近づけた。
有名人に詰め寄られているということもあり、イナも思わず息を飲んだ。
「なるほど、君がエリカの言っていた先輩だね」
ツバキはイナの姿を見直して彼女が妹の話していた憧れの先輩であることを確信した。
それと同時にイナに対する興味を深める。
「私のこと知ってるんですか?」
「まあ、キミのことは妹から何度も聞かされててね。この学校のパンフレットに載ってるキミの顔を見せられたこともあったよ」
「姫ちゃん……妹さんは私のことをなんて言ってたんですか?」
「んーそうだなー。『美人で優しくて賢いキツネ族の先輩』かな」
ツバキはエリカを経由してイナのことを認知していた。
すでに顔や大まかな人物像は把握していたため、実際の人物像を確かめてみたくなった。
イナに迫るツバキからは何人たりとも寄せ付けない風格が漂っており、フウどころか妹のエリカですら黙って眺めていることしかできなかった。
「なるほど、確かに良い目をしている」
ツバキはイナの首の下に右手の人差し指を添えて軽く持ち上げると上から彼女の瞳を覗き込んだ。
イナの持つ特徴的なダークゴールドの瞳にどこまでも奥深く引き込まれそうになり、ツバキは引き返すように目を逸らす。
「あの、流石に疲れるのですが……」
「ああ、すまない。キミの目が実に魅力的なものだったから」
ツバキは王子様のような口調でイナを口説いた。
それを聞いたフウとエリカはたまらずイナを守るようにツバキの前に躍り出る。
「いくら姫ちゃんのお姉さんでもイナっちを取ろうなんてダメですから!」
「先輩にあんまりベタベタしないでほしいな!」
「なるほどー。つまりのところキミたちは彼女に魅了された二人ってワケだ」
自分に対してムキになる二人を見たツバキは理解したように言い放った。
その指摘が図星であるがゆえに二人は何も言い返せない。
「ライオン族とトラ族を魅力一つで侍らせるなんて大した女だよキミは」
「いえ、私にそんなつもりは……」
「よし決めた。キミにこの学校を案内してもらおう」
ツバキはイナを自分の案内役に選んだ。
あまりに唐突かつ強引な決定にイナを含めてその場にいた全員の開いた口が塞がらない。
「やってくれるね?」
「私でよければ……」
ツバキが凄みを利かせて確認を取るとイナはそれを了承した。
おっとりしているエリカとは対照的にライオン族らしい威圧感を放つツバキに食い下がることは許されなかったのである。
こうしてイナはツバキの校内散策の案内役を務めることになったのであった。




