親子で顔合わせをしました
期末試験を乗り越え、夏休みを目前に控えたとある日。
アステリアは年に二度の三者面談の時期を迎えていた。
イナはフウと一緒に食堂で期末試験の振り返りをしながら時間を潰していた。
食堂の営業時間は終わっているものの、教室は三者面談の会場となっているため使用できず、静寂を求められる図書室はフウとの相性が悪いため消去法での場所選択であった。
同じような理由で食堂を待ち時間を潰す場所として利用している生徒は他にもちらほらおり、営業時間外であるにも関わらずまばらに賑わっている。
午後四時過ぎ、イナの携帯に一件のメッセージが入った。
送り主は母である。
『もうすぐ着きます』
メッセージを見たイナは期末試験の問題用紙と回答用紙、ノートをまとめ出した。
学校敷地内の駐車場まで母を迎えに行くつもりであった。
「イナっちのママってどんな人?」
「普通のお母さんですよ」
イナが駐車場に向かうとフウが一緒についてきた。
彼女はイナの母の顔を見てみたかったのである。
二人が靴を履き替えて駐車場に到着するとグレーの車からスーツ姿のイナの母が降りてきた。
彼女は仕事を普段より早く退勤してそのままここまでやってきたのである。
母の顔を確認したイナは彼女の方に合流した。
「お待たせ。少し遅くなっちゃった」
「大丈夫。まだ十分間に合うから」
イナと彼女の母は気さくな会話をする。
それを見たフウは衝撃を受けた。
イナの母は娘と目の色が若干違う以外は顔立ちがそっくりであり、彼女から胸を削ってその分をそのまま背丈に回したような風貌も相まって二人並べば誰がどう見ても親子と言えるものであった。
「この人がイナっちのママ!?」
「初めまして。イナの母です」
イナの母はフウにフランクに手を振って挨拶した。
「この子は私の友達のフウさんです」
「へー、貴方がイナの言ってたトラ族の子ねぇ」
イナの母はフウの顔を覗き込んだ。
腰を少し折り、手を後ろに回して下から見上げるその仕草は娘とそっくりである。
親子の面影を感じさせる挙動にフウは思わず緊張した。
「ウチのこと知ってるんですか?」
「うん。娘から話はよく聞いててね、よくしてもらってるみたいで」
「お母さん。早く教室行かないとせっかく間に合ったのに遅れちゃうよ」
イナは母の手を引いて教室に向かうことを催促した。
「もうちょっとフウちゃんと話したかったのにー」
「それぐらい終わってからでもできるじゃん」
イナ親子は家にいる時と変わらない様子でやり取りを繰り広げる。
フウにはイナが敬語を使わない砕けた口調で会話する姿が非常に新鮮に見えた。
十数分の面談を終え、イナ親子が教室を出るとイナの母は娘に話しかけた。
「さっきのトラ族の子が気になってるって言ってた子?」
「うん。まぁ、そんなところ」
「仲良くなれてよかったねー」
「茶化さないでよ」
親子で会話をしながら廊下を歩いていると、階段前でフウが待っていた。
どうやらイナの『話は終わってからでもできる』を真に受けて律儀に待っていたようである。
「待ってたんですか?先に帰っててもよかったのに」
「いやー、そのまま帰っちゃうのなんか申し訳なくてさ」
フウは歯切れ悪く取り繕った。
するとイナの母がさっきの続きと言わんばかりにフウに寄っていく。
「うわぁすごい美人」
「お世辞でも嬉しいこと言ってくれるわねぇ」
イナの母の顔が目と鼻の先に迫ったフウの口から不意に言葉が漏れた。
「ねえフウちゃん、うちの子どう?」
イナの母は娘をおちょくるようにフウに耳打ちした。
キツネ族故に話の内容が娘に筒抜けになっていることは理解の上である。
「む、娘さんとは清いお付き合いをさせていただいてます!」
「うふふ、面白い子」
イナの母はフウのリアクションを面白がるとフウの頭に手を置いて撫でた。
イナとフウはイナの母を連れて三人で校舎の外に出た。
会話の流れで家が隣同士であることを知り、そのままイナの母の運転で二人を送り届けることになった。
十分程度車に揺られ、イナたちは家まで帰ってきた。
「ありがとうございました!ちょっと待っててもらっていいですか?」
フウは送迎のお礼を言うとそのままイナたちを引き止めて自宅へと飛び込むように帰っていった。
イナの母は首を傾げつつも車をガレージに入れて娘と二人でフウを待つ。
その数分後、フウは自分の母を連れて戻ってきた。
フウの母はいきなり連れられて困惑の表情を浮かべている。
「この人がウチのママ!」
「あっ、どうもー。フウの母ですー」
「初めまして。イナの母です」
イナとフウ、二人の親同士が挨拶を交わす。
フウ一家が引っ越してきた時、様々な事情が重なって挨拶ができなかったため、これが初めての顔合わせであった。
「じゃ、私は夕食作って待ってるから」
イナは一言前置きすると一足先に家へと帰っていった。
玄関の先では母とフウとフウの母の三人の話し声が聞こえてくる。
「イナ。あんなにいい子は絶対に手放しちゃダメよ」
「えっ」
「貴方、あの子と付き合ってるんでしょ?」
イナの母は食卓で娘に釘を刺すように言い放った。
「なんでわかったの……?」
「それぐらいフウちゃんの目を見ればわかるわよ」
イナがフウと恋人関係になっていることは彼女の母にはすでに見透かされていた。
普段は言葉巧みにフウを弄ぶイナも母には形無しである。
「お母さん応援してるからね」
こうしてイナとフウは家族ぐるみで顔見知りとなり、二人の交際がイナの母公認となったのであった。




