急なアクシデントは付きものですから
イナとエリカはイナの提案によってお化け屋敷へとやってきた。
そこはこの遊園地のもう一つの名物ともいえるアトラクションである。
「せ、先輩、まだ時間はありますから後で入ってもいいんじゃ……?」
「おやおや。まさかライオン族ともあろうものがお化けを怖がるんですか?」
「そ、そんなことありません!」
エリカがお化け屋敷から遠ざかろうとするとイナは揶揄うように煽り立てた。
種族としてのプライドを煽られたエリカは突発的に食い下がるがそれこそイナの思う壺であった。
「じゃあ行けますよね」
「うぅ……わかりましたよ……」
言質を取られたエリカはなし崩しに同行を余儀なくされた。
エリカの反応を見たイナは彼女がお化けの類が苦手であることを確信する。
パスを利用し、待ち時間をすっ飛ばしてイナとエリカはお化け屋敷の中へと入っていった。
中は真っ暗になっており、進路を示す赤い光がわずかに灯っているのみであった。
材木が軋む音や隙間風が抜ける音が録音からスピーカーで流され、それっぽい雰囲気を醸し出している。
「先輩……ボクから離れないでくださいね!」
「大丈夫ですよ。私はちゃんとそばにいますから」
エリカはイナの腕にがっつりとしがみつきながら念を押した。
エリカが小刻みに震える一方でイナは平然と進んでいく。
イナはその聴覚で屋敷内のほとんどの音を拾っているため、その先で何が起こるのかをなんとなく先読みできてしまうのである。
いくらか先に進むと、イナたちの背後から何かがぐちゃぐちゃと音を立てながら近寄ってきた。
もちろんスタッフによる演出である。
エリカは背後から忍び寄る音に気づくと反射的にイナの腕を強く抱きしめ、身体を密着させた。
「だ、誰かついてきてますよね!?ね!?」
「だからって後ろを見たら余計に怖くなりますよ」
イナは冷静にエリカを諭した。
いちいちオーバーなリアクションを起こすエリカを見るのが面白くて仕方がない。
次の瞬間であった。
イナたちの前にぼうっと光る何かが横切ったかと思えば、その矢先に何かが崩壊したように大きな音が全方位から大音量で響き渡った。
「うわあああああっ!?やっぱり怖いいいいいい!!」
エリカの申し訳程度の強がりが限界を迎えた。
彼女は演出の爆音にも負けないほどの声量の叫び声を上げるとイナを片手で担ぎ上げて全速力で走り出した。
(力強っ……)
イナはエリカの腕力に脇腹を締め上げられていた。
小柄とはいえエリカもライオン族、その腕力はフウにも劣らない。
その後しばらくの間エリカは行く先々で遭遇する仕掛けに阿鼻叫喚しつつも足を止めずに出口まで突っ走っていった。
「ひぃ……死ぬかと思いました……」
「私も姫ちゃんに殺されるかと思いました……」
エリカの全力疾走でお化け屋敷を抜けた二人は出口の脇で息を切らしてぐったりしていた。
イナはお化け屋敷の仕掛け自体にはさほど驚かなかったものの、エリカの腕力で肋骨を圧迫されて呼吸を止められかけており、あわや窒息寸前であった。
「やっぱりお化け怖いです……」
「よしよし。私も無理をさせすぎました」
イナはエリカを宥めるように抱き寄せて頭を撫でた。
自分より背丈の低い
(せ、先輩のおっぱいが当たってる!?)
エリカはイナの胸の感触に動揺していた。
衣服の上からでもはっきりとその存在を主張してくる柔らかい感触を押し付けられて意識がそちらへと向いてしまう。
しかしそれを言い出すことができず、エリカはさっきとは違う意味で息が詰まりそうであった。
(ちょ、ちょっとだけなら触ってみても……)
エリカの中で下心が出た。
恐る恐る横から手を伸ばし、イナの胸に触れようと試みた。
そんなエリカのこともいざ知らず、イナはエリカから手を離すとひらりと彼女の隣へと回り込んだ。
ほんのわずかな下心を回避され、エリカはもどかしい気持ちであった。
「次はどこへ行きましょうか」
イナが次の行き先を相談しながら歩き出すと空が急に曇りだし、晴天が暗雲に覆われる。
もう間もなく雨が降り出す前兆であった。
「とりあえず建物の中に入りましょう!」
雨を予感したイナはエリカを連れて施設の中へと逃げ込むように駆けこんだ。
彼女たちが入った矢先、雨が叩きつけられるように激しく降り始めた。
「天気予報は晴れだったのにぃ」
「この降り方からして通り雨です。少し待てばまた晴れますよ」
急な雨に対して落胆するエリカにイナがフォローを入れた。
二人は施設の中で雨宿りをしながら雨が上がるのを待つことにした。
「ここ、お土産屋さんみたいですね」
エリカは施設の中を見てそこが土産物屋であることに気がついた。
色とりどりのグッズが並び、その奥にはフードコートもある。
時間つぶしには最適な空間であった。
二人は予定を前倒しでお土産を選びだした。
エリカは姉に、イナは母とフウに向けたものを探す。
その途中、エリカはぬいぐるみを持ってイナに話しかけた。
「これ可愛くないですか?」
「お部屋に飾ったらいい感じになりそうですね」
エリカが持っているぬいぐるみは遊園地のマスコットキャラクターのものであった。
高さは三十センチほどで部屋のインテリアなどにちょうどよいサイズになっている。
一方でイナは食品を中心に見て回っていた。
フウに向けたお土産である。
「キーホルダーとかもありますけど見ないんですか?」
「フウさんは食い意地が張ってますから、きっとこういうものを渡した方が喜びます」
イナはふと表情を綻ばせながらフウの傾向を語った。
フウはよく食べてよく動く絵に描いたような健康優良児である。
さらに彼女が小物を散らかしやすい性格であることもイナは知っているため、消費できる食べ物を選んだ方がいいという判断をしたのであった。
土産物を選んでいると一件のメッセージがイナの携帯に届いた。
送り主はフウである。
『めっちゃ雨降ってるけどそっちは大丈夫!?』
メッセージの内容は突然の雨で濡れたりしていないか気遣うものであった。
「今ごろてっきり拗ねているものかと思っていましたよ」
イナはその場で上からのアングルでエリカとのツーショットを撮るとそれをフウに送った。
『雨が降る前に建物に入れたので大丈夫です』
『なんだそのツーショットは!浮気か?』
『誤解されるようなこと言わないでください』
フウはイナとエリカのツーショットを見て嫉妬心丸出しなメッセージを送信してきた。
どうやらまだ拗ねていたようである。
『お土産用意しますから。帰ってきたら渡します』
『よい!許す!』
イナがお土産を用意していることを伝えるとフウはあっさり反応を変えた。
実に単純であった。
「先輩楽しそうですね」
「そうですか?まぁ、そうかもしれませんね」
イナが惚気るようにそう語るとエリカは背後からイナに抱きついた。
肩の上から手を回し、イナの左肩から顔を覗かせて不満げな表情を浮かべる。
彼女は自分とのデート中にイナの意識がフウに向いているのがなんとなく気に食わなかった。
「今はボクのことを見てほしいです……」
「しょうがない姫ちゃんです。雨が止んだら次はどこに行きたいですか?」
イナはエリカからのアピールを軽くあしらった。
二人は雨宿りという名目を忘れて土産物屋で時間を潰すのであった。




