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白虎ちゃんのお気に入り  作者: 火蛍
白虎ちゃん
34/79

姫ちゃんとデートです

 夏本番に差し掛かりかけたとある週末のことであった。

 イナはエリカと一緒に朝から遊園地へと訪れていた。

 いつか約束した二人でのデートをしに来たのである。


 「普段とは雰囲気違いますね」

 「夏なのでこれぐらいは普通ですよ」


 エリカの格好は普段とは大幅に異なるものであった。

 肩が露出した半袖の柄物シャツに紺色のデニムパンツ、日除の帽子にサングラスを着用し、スニーカーを履いたアクティブな装いである。

 一方のイナは半袖のシャツに茶色のキュロット、ブーツに帽子というシンプルな格好をしていた。


 「その格好だと男の子みたいに見えますね。姫ちゃんというよりは王子様みたいです」

 「そうですか?えへ、えへへ」


 エリカは満更でもないように照れ笑いをした。


 「本当にいいんですか?入場料を持たせてしまって」

 「気にしないでください。これぐらいお安いご用です」

  

 イナは入場料を負担させたことを気にかけるがエリカは意に介していないようであった。


 「フウ先輩も呼べばよかったのに」

 「二人きりのデートのつもりだったのでつい……」


 エリカの一言にイナは右手の人差し指で頬を掻きながら苦笑いした。

 彼女はエリカからデートプランを出された時、二人きりで行くものだと思ってフウからの誘いを断ったのである。


 「駄々こねられませんでしたか?」

 「それはもうごねられましたよ。後日二人きりでデートするっていうことで納得していただきましたが」


 イナがエリカとデートすることを伝えた時フウは大層ごねた。

 携帯のメッセージでのやり取りだったが隣の家から本人の声が直接聞こえてくるほどであった。

 結局後日埋め合わせをするという形で収めることになった。

 

 「先輩、今日はいっぱい楽しみましょうね!」


 エリカはイナの手を取って目を輝かせた。

 彼女の左手首にはファストパスが巻かれている。


 「アトラクションがいろいろありますね」

 「ねー。どれから乗ろうか迷っちゃいますね」


 イナとエリカはパンフレットを覗きながら最初に行く場所を考えた。

 

 「先輩はどういうアトラクションが好きですか?」

 「私はこういうところにほとんど来たことがないので特には」


 イナは遊園地に訪れたことがほとんどない。

 学校の行楽で数回行ったことがある程度でプライベートではほぼ皆無といってもよく、父との死別後は完全になかった。


 「じゃあボクのオススメがあるのでそこから行きましょう!」


 エリカは自信満々にそう言い放つとイナの手を引いて歩き出した。

 元よりプランは任せるつもりであったため、イナは文句もなく同行する。


 エリカが案内した先にあったのはジェットコースターであった。

 全長二千メートル以上、コースの最大高度は九十メートルにも匹敵する大型のアトラクションでこの遊園地の看板である。


 イナとエリカはファストパスを利用して待機列をパスし、早速ジェットコースターへと乗り込んだ。


 コースターはレールを登ってゆっくりと高度を上げていく。

 高度が上がるほど速度が落ちていき、スリルを煽り立てる。


 「あの、もうかなり高くないですか?」

 

 イナは下を覗き見ながら恐る恐るエリカに尋ねかけた。

 高所恐怖症というわけではないが今まで経験したことのない高さにほぼ生身で到達しており、気が気でない。

 安全バーをこれでもかと強く握りしめ、耳をべったりと伏せて緊張と不安の感情がダダ漏れであった。


 「これってこういうものですから」


 一方エリカは平然と答えながらイナのリアクションを楽しんでいる。

 ジェットコースターそのものと隣のイナの反応の二つを同時に楽しめてこの上ない愉悦を感じていた。


 コースターが一瞬静止した。

 高度が頂点に到達し、あとは落下していくのみである。

 ゆっくりと落下を始め、一瞬で加速して最高速度へと到達する。


 「いやああああああああああ!!」


 イナは今まで体験したことのない速度での急降下に悲鳴を上げた。

 遠心力で肉体がシートに押し込まれ、己の身体が空を切る音に自分の声すらも掻き消されて聞こえなくなる状況に陥り軽いパニック状態であった。

 一方その隣でエリカは余裕の表情を浮かべており、笑っている始末である。


 「恐ろしいアトラクションでした……」

 「いやー面白かったですねー!」


 コースを一周して帰って来たイナとエリカの反応はそれぞれ真逆のものであった。

 肩を落としてげっそりするイナとは対照的にエリカはその金髪をボサボサに乱しながら気分が高揚して笑っている。


 「あ、ちなみにこのアトラクション、コースを走る様子を写真に収めて販売してるんですよ」


 エリカはしれっとオプションを紹介すると写真の販売所へと向かっていった。

 そしてほんの数分で写真を購入してくるとイナのところへと戻ってくる。


 「先輩すごい顔してますね」

 

 エリカは購入した写真に写る自分たちの顔をイナに見せた。

 イナの表情はこれまでにないほどに取り乱しており、普段では絶対に見られないものになっていた。


 「こういうのは初めてだったので……」

 

 イナは苦笑いしながら弁明した。

  

 「……!?」


 イナはふと自分の尻尾を見て驚たように目を見開いた。

 ジェットコースターに乗っていた際に尻尾の毛が膨張して逆立っており、それが直っていなかったのである。


 「ちょっと毛並みを整えます」


 イナはエリカにそう前置きするとアトラクションの脇にある休憩用のベンチに腰を下ろしてブラッシングを始めた。


 (先輩がキツネ族らしいことしてる……)


 尻尾のコンディションを気にするキツネ族らしい仕草を見せる彼女の姿にエリカは胸をときめかせた。

 その間、エリカも申し訳程度にボサボサになった髪を整える。


 「お待たせしました。次は私が行きたいところを決めてもいいですか?」


 十分程度のブラッシングを終えたイナは気を取り直してパンフレットを広げた。

 そして彼女が指さしたのはこの遊園地のもう一つの名物、お化け屋敷であった。


 「うぐっ……わかりました。行きましょう」


 エリカは一瞬息を飲んでイナの提案を承諾した。

 彼女はオカルトの類が苦手であったが憧れの先輩であるイナから誘われた手前、断ることもできず逃げ場もなかった。


 こうしてイナとエリカの二人きりでの遊園地デートは続くのであった。

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