私の好きなものをあなたと一緒に
とある日の休み時間、イナとフウはいつものように食堂で駄弁りながら昼食を取っていた。
「そういえばさ。ウチ、イナっちの好きな食べ物知らないんだよね」
「そう言われれば確かに話したことなかったですね」
イナは定食の焼き魚の骨を取りながら話す。
もう一年以上食べ続けていることもあり、骨取りは慣れたものである。
「イナっちは何が好きなの?ウチもそれ食べてみたい」
「そうですね……私、こう見えてもドーナツが好きですよ」
イナは自身の好物をフウに明かした。
彼女は意外なことにもドーナツを好んでいた。
「へー意外ー!そういうの食べないと思ってたー」
「確かに日頃から食べているわけじゃありませんね。でも、ドーナツはお父さんとの思い出の食べ物なんです」
イナはドーナツに対する思い入れを語る。
それは彼女の幼少期、彼女の父がまだいたころの話であった。
「そういえばイナっちの家って母子家庭だったっけ」
「ええ。もう何年も前の話です」
イナはそう言うと箸を休めた。
「なんでお父さんいなくなっちゃったの?」
「病気で死んだんですよ。元々身体が強い方じゃなかったんです」
イナの家が母子家庭になっている理由、それは父との死別であった。
イナの父は病弱な上に小食であったため、食卓においても真っ先に食べ終えては妻と娘の食事風景をニコニコと眺めていた。
そんな父の顔をイナは今でも鮮明に覚えている。
だがそんなイナの父にも好き好んで食べるものがあり、それがドーナツであった。
彼は休日に一人ドーナツを買ってきてはおやつの時間を設け、イナと二人でそれを食していた。
『イナ、ドーナツ一緒に食べようか』
『うん!』
イナの父が食すドーナツはいつも決まっており、それは町のドーナツ屋で売られているプレーンのドーナツであった。
プレーンを一つと半分食べ、残りの半分は娘に譲るというのがイナの父のおやつのルーティーンである。
「というわけでドーナツはお父さんとの思い出がたくさんあるんです」
「超いい話ー。じゃあその思い出の味を確かめに放課後にドーナツ屋行こー!」
フウは放課後にドーナツ屋に寄ることを決めた。
イナの思い出が詰まったそのドーナツを食してみたくなったのである。
イナもそれを了承し、二人でドーナツ屋に寄ることにした。
そして来る放課後、二人は例のドーナツ屋を訪れた。
『ドーナツ スイートトレジャー』
スイトレの通称で知られるそこは全国的にチェーン展開しているドーナツ専門店の一支店であった。
「いらっしゃいませー。あれ?イナちゃん、試験はこの前終わったんじゃないの?」
「試験は終わりましたよ。今日はお友達を連れて来ました」
二人が店内に入ると店員がイナに気さくに声をかけた。
イナは店に定期的に訪れる常連としてスタッフに認知されている。
彼女が店に現れるのはアステリアが試験期間に入ったことを告げるサインであった。
「いろいろあるねー。あっ、プレーンってのはこれかー」
フウはショーウインドウに並んだ色とりどりのドーナツを眺めていた。
他種族より食い意地の張っている彼女は甘い香りに食欲をそそられた。
そんなフウを差し置いてイナは迷いなくドーナツを取るとそのまま会計へと向かっていく。
「そこのフードコートで待ってますから」
先に会計を終えたイナはフウにそう言い残すと店内奥のフードコートへと消えていった。
フードコートで待つこと数分、フウが遅れてやってきた。
「遅いです」
「いやーごめんごめん。どれも美味しそうだったからつい」
フウは申し訳程度に弁明するとイナと向かい合うように座り、抱えていた巨大な紙袋をテーブルの上に積んだ。
イナはそこに入っているであろうドーナツの量を推測して唖然とする。
「それ全部一人で食べるんですか?」
「まっさかー。ここで食べるのは二、三個で残りはママにおすそ分け」
フウはそう言うと紙袋からストロベリーのチョコレートでコーティングされたドーナツを取り出すとそれを頬張った。
イナはフウのそれの半分程度の大きさの紙袋からプレーンを取り出し、小さく一口食す。
そんな彼女の姿をフウが正面からカメラで撮影した。
「なんで撮ったんですか?」
「イナっちが嬉しそうな顔してたからつい」
フウはそういうとさっき撮影した写真をイナに見せた。
そこにはドーナツを小さく頬張りながら表情を綻ばせるイナの姿がばっちり納められていた。
この写真を見れば彼女が心からこの店のドーナツを好んでいることが第三者にも伝わってきそうであった。
「ねえねえ。それ、一口ちょうだい」
「自分で買えばいいじゃないですか」
「こういうことする方が恋人らしいじゃん。じゃあウチの一口あげるから、それと交換ってことで」
フウは突発的に割り込むとイナの手にしているプレーンを一口齧り、代わりにと自分の食べていたドーナツを差し出した。
「どうですか?私の好きなドーナツの味は」
「んー、シンプルで優しい味ってカンジ。イナっちのお父さんがこれを選んだのもわかる気がするなー」
フウはプレーンの味の感想を率直にイナに伝えた。
何もトッピングしていない故に素材の味だけが伝わるほんのり優しい味わいであった。
「こっちはどう?」
「中々にパンチの効いた味ですね」
イナはフウの食していたドーナツを一口食べた感想を語る。
プレーンをベースにピンクのチョコレートと赤いベリーのソースのコーティングで彩られたそれは視覚的にも見栄えがよく、プレーンの優しい味わいにベリーの甘みと酸味がほどよく加えられた刺激的な味であった。
所謂若者向けのフレーバーである。
「いやー美味しかったなー。今日はこのまま帰ろ。明日はジムでカロリーの消費しないとね」
「そうですね」
夕方前、ドーナツ屋を出たフウとイナはドーナツの入った紙袋を持って明日の予定を立てながら家へと帰った。
二人の関係を仄めかすように紙袋の隙間から甘い香りが漂う。
「お父さん。私は素敵な方と巡り合えました」
帰宅後、イナは父の遺影の前にプレーンのドーナツを備えながら報告するように語ったのであった。




