トラ族に力押しされたら勝てません
エリカの家で映画鑑賞やゲームを楽しんだ後、夕方になってイナとフウは帰ることにした。
「あー楽しかった。また来てもいい?」
「はい。事前に一言いただければ」
フウは何気なく次の来訪の約束を取り付けた。
エリカも事前連絡ありでならという条件をつけてそれを承諾する。
「お邪魔しました」
「じゃあねー!」
イナのフウは一言挨拶を入れてエリカの家を後にした。
「ねえイナっち」
「どうしました?」
駅までの道中、フウはイナに声をかけた。
「ウチからイナっちにキスしたいって言ったらさせてくれる?」
「……へ?」
フウの唐突な懇願にイナは困惑した。
フウはイナにキスをしてみたいようであった。
「この前はいきなりだったじゃん。だからその……そういう雰囲気出しながらやってみたいなーって」
フウは顔を赤らめ、イナから目を逸らしながら語った。
昼間に干渉したアニメ映画のロマンスシーンの影響を受けているようである。
「どうしてもと言うなら嫌とは言いませんが……」
イナが半分同意とも取れる言葉を発した瞬間にフウはイナを抱え上げ、表通りから外れた路地裏へと連行していった。
路地裏は明かりが少なく夕闇で薄暗い。
フウはイナの背中を路地裏の建物の壁に追いやると彼女の両手首を掴んで壁に押し付けた。
右足をイナの股の間に差し込むように入れ完全に退路を塞ぐ。
体格差のあるトラ族にここまで肉薄されればもう物理的に逃れることは不可能であった。
元々合意ではあったがまるで無理やりそうされているかのようなシチュエーションにイナは背徳感を感じて胸を高ならせた。
「こんなことしなくても私は逃げませんよ……」
「ごめん。こうしないとウチが不安で……」
フウはイナの両手を押さえたまま呟く。
イナは今回はされるがままに受け手に回っているが余裕は崩さない。
むしろフウが事に及ぶのを待っていた。
「するなら早くしましょう。電車に遅れちゃいますよ」
「う、うん……今からするから……」
イナに催促をかけられたフウは視線を泳がせながら深呼吸をした。
イナは静かに瞼を閉じ、フウがキスをするその瞬間を待つ。
「イナっち、愛してる……」
フウは愛の言葉を囁くとイナの唇を奪った。
まさかの唇同時のキスであったことにイナは一瞬動揺したが顔を真っ赤にしながら必死に唇を重ねるフウの顔を見てリードするように身を委ねる。
キス自体も満更でもなく、彼女の後ろで尻尾が無意識に動いて壁をペシペシと叩いた。
「ぷはっ!」
数十秒に及ぶキスを終えたフウは顔を離すと息を切らした。
緊張と興奮が重なり、激しく呼吸が乱れている。
「キスがしたいならしてあげたのに」
「ダメ!ウチからやりたかったの!」
イナがポツリと呟くとフウが食いついて主張した。
やりたいことを直球で要求する様は出会ったその日から何も変わっていなかった。
「どうだった?その……ウチのキスは。上手くできてた?」
「拙くて強引で乱暴、でも優しくてフウさんらしいです」
フウからキスの感想を求められたイナは率直なそれを伝えた。
センシティブなことに対して初心なフウのキスはアニメやマンガのラブシーンの見様見真似のような拙いものであったが、同時にイナを傷つけないように不器用な手加減を施した彼女の気遣いが表れた優しいものでもあった。
「ねえイナっち。ウチね、イナっちのこと好き」
「知ってますよ」
「だからね。その……友達の先、恋人になりたいの!」
フウはイナを壁に押し付けたまま自分の欲望を正直にぶちまけた。
彼女はさっきのキスで理性が吹っ飛んでおり、制御不能になっていた。
普段はのらりくらりとフウからのアピールを躱すイナだったが今回ばかりは暴力的なまでに直球なアピールの直撃を受けることになった。
「それがあなたの本心でいいんですね?」
「ウチはいつだって本気だから!」
「……でしょうね」
イナが確認を取るとフウは迷いなく答えた。
彼女が咄嗟に嘘をつけるような人物でないことはイナもよく理解している。
相手が本気である以上、イナも真面目にそれに答えなければならなかった。
「いいでしょう。付き合ってあげます。ただし、周りに気づかれちゃいけません。もちろん姫ちゃんにもです」
イナは一呼吸おいてフウのアピールに対して答えを出した。
その答えは『周囲に秘密にすることを前提に擬似的な恋人関係を築く』であった。
「約束できますか?」
「わかった。約束する」
イナはフウと約束を取り付けると今度はこちらからフウと唇を重ねた。
躊躇いなく繰り出されたいきなりのキスにフウは不意を突かれ、頭の中が真っ白になった。
自分よりも遥かに上手いイナのそれにフウは足の感覚を失いかけ、水中で溺れるような感覚さえ覚えた。
「恋でキツネ族をリードするのは大変ですよ?」
キスを終えたイナはクスクスと笑いながらフウをリードした。
そんな彼女の後ろで尻尾が誘うように揺れる。
「恋人らしく手を繋ぎましょうか」
「……うん」
イナがリードし、フウと寄り添い合うと指を絡めて手を繋いだ。
「やっぱりイナっちはすごいなぁ」
「それほどでもありませんよ」
こうして、イナとフウは親友を超えた秘密の関係になったのであった。




