最近のアニメはすごいですね
イナ、フウ、エリカの三人はシアターと化したエリカの自室でアニメ映画を鑑賞していた。
さながら小さな劇場とも言える空間でイナはしずかに、フウとエリカはイナを間に挟んで二人でワイワイ語り合いながら映画を鑑賞していた。
映画の物語が進行し、シーンはシリアスなロマンスシーンに移行していた。
序盤に一度戦った主人公の少年と敵役の少女が互いの素性を知らぬまま交流し、いい雰囲気になっている。
「今時のアニメってこういうのよくあるよね」
「この後すぐに名シーン来ますよ」
エリカはそう言うとフウを画面の方に集中させた。
画面では沈む夕日の中で主人公と少女は黒一色の影で映し出され、影の向こうで二人唇を重ねた。
(最近のアニメってこういうシーンを出すんですね)
イナは淡々とその画面を見ながら感想を抱く。
彼女は平然と視聴しているが両隣はどうも違うようであった。
「えっ、えっ!?子供向けアニメでキスシーン出したの!?」
フウは両手で顔を覆って隙間から覗き見るように画面に食いついている。
初めてイナにキスされたときとほぼ完全に同じ反応であった。
おまけにイナの方をチラチラと見ており、当時のことを思い出して意識しているのが露骨に出ていた。
「直接映さなければいいんですよ!」
フウが恥じらうようなリアクションを見せる一方でエリカはハイテンションに語り倒す。
彼女のイナからキスを受けたことのある身だが先輩後輩という立ち位置をはっきりさせた上でのそれだったため、割り切りが付いているようであった。
中盤の山場が終わり、いよいよクライマックスに向けて話が動きだした。
主人公の操るロボットと敵の少女が操るロボットが再び戦場で相対し、相手のパイロットの正体を知ってしまった主人公が攻撃を躊躇して劣勢に追い込まれていく。
序盤の戦闘では互角に渡り合っていたはずのロボットが一方的に攻撃を受け、徐々に損傷してボロボロになりながら火花を散らす様が緊迫感と悲壮感を煽り立てる。
「ここから先は決着まで涙なしじゃ見られません……うぐっ!」
エリカはそう言うとイナとフウにハンカチを手渡した。
彼女はこの先の展開を知っているため、二人のリアクションを予想して涙を拭くものを用意していたのである。
『どうして反撃しない!?情けをかけているつもりか!?』
『違う!でも……』
『じゃあ私をここで倒してみろ!そんな甘い感情一つ捨てきる覚悟もできないでこの星を守り抜くつもりでいるのか!?』
敵の少女は主人公に感情的に語り掛けながらなお攻撃の手を緩めない。
猛攻の末に主人公のロボットの左腕が吹き飛び、よろけて片膝をついた。
『何をしている!自ら膝をつくなど!?』
敵役の少女は主人公の戦意を煽るように語り掛ける。
それはまるで自分を倒させるように仕向けているかのようであり、クラシック調のBGMも相まって悲劇性を際立たせていた。
『立て!立って私を倒してみせろ!お前はこの星を守る戦士なのだろう!』
少女の操るロボットは戦意を喪失したかのように佇む主人公のロボットを強引に立ち上がらせると喝を入れるように打撃を加えた。
そのシーンはイナに衝撃を与えるには十分であった。
(映画とはいえ子供向けアニメでこんなにハードな展開をやるんですか……?)
少女に煽られ続け、ついに覚悟を決めた主人公は反撃を開始した。
両者はロボットの頭部が吹き飛ぶほどのダメージを受けながらも戦い続け、ついに主人公側が有効打を加えてとどめを刺す直前まで追い込んだ。
『うわあああああああああ!』
主人公の悲痛な叫び声と共にロボットが必殺武器の剣を突き入れ、敵のロボットの胸部を貫いた。
『そうだ、それでいい……』
少女はロボットの必殺技の直撃を受け、主人公と素顔で過ごしたわずかな記憶を思い出しながら散っていった。
彼女と主人公が二度と顔を合わせることがないということを示すにはあまりにも強烈な映像である。
その次の瞬間、画面に映し出されていたのはすべての機能を停止して崩れ落ちる敵のロボットとそれを抱きとめる主人公のロボットの姿であった。
「こんな……こんな悲しい戦いってないよ……」
フウは鼻をすすって泣きじゃくっていた。
彼女の双眸からは涙がポロポロと零れ落ちている。
(そんなに泣きますか?)
イナはフウのリアクションを見て驚かされた。
まずトラ族が泣く姿を見るだけでも衝撃的であったがアニメを見ただけで泣いてしまうフウの感受性にも衝撃を受けていた。
「このシーンは去年のファン投票で一位にも輝いたシリーズ屈指のシーンですから……」
エリカも情緒がぐちゃぐちゃになって涙を流していた。
一度見たものに対して再度同じ反応ができる理由がイナにはさっぱり理解できなかった。
こうしてラストバトルのシーンが終わり、数分のエピローグの後にエンドロールが流れ出した。
エンドロールには劇中の映像がダイジェストで流れ、最後はこちらに対して優しいほほえみを向ける敵役の少女の姿がセピア調で描かれたイラストで締めくくられた。
それを見たフウとエリカは感情が爆発して声を上げた。
上映が終わり、数分の余韻の末にエリカは部屋のシアターモードを解除した。
カーテンが解放され、部屋の照明が徐々に明るくなっていく。
「どうでしたか?面白かったですか?」
「確かに面白かったですね。子供向けと侮っていましたがこれは名作と言われるのも納得です」
「そうでしょうそうでしょう!よかったら他のシリーズもぜひ!」
「それはまた別の機会にしていただけると……」
イナは遠慮する意思をエリカに伝えた。
興味がないと言えば嘘になるが今の彼女にはじっくりと作品を鑑賞するような時間的余裕がなかったのである。
「あの、姫ちゃんってこの映画見たことあるんですよね?」
「ありますよ!スクリーンにも何回も行きました!」
「なのに泣けるんですか?」
「もちろん!いいものは何回見たっていいんですから!」
エリカの言い分は理解不能であった。
こうしてイナはアニメの面白さとオタクという生き物の奇怪な生態の二つを知ったのであった。




