家が隣同士だったんですけど
「あの、お金、本当にいいんですか?」
「いいのいいの。初めからウチが払うつもりだったし」
カフェに寄った帰り道、イナは罪悪感を抱えていた。
というのも、カフェで使ったお金をすべてフウが支払ったためである。
フウ自身は善意と好意でそうしているため、そこに恩を着せようなどという下心は一切介在していない。
フウが一歩先をリードし、フウがその少し後ろをついていくように帰り道を歩く。
偶然にも帰り道がかなり似通っているようであった。
そんな中、イナはとあるものが目についた。
それはフウの尻尾の先に結ばれたリボンである。
フウが歩くたびにリボンが小さく左右に揺れ、イナの視界に入り込んで注目を集めていた。
「その尻尾のリボン、オシャレですか?」
「その通りー!カワイイっしょー?ウチのチャームポイント!」
イナが何気なく尋ねるとフウは上機嫌に答えた。
リボンはフウの中ではオシャレのつもりであった。
「ウチらトラ族って力強いし声もデカいから初対面で怖がられやすくてさ。こうすればちょっとでも親しみやすくなるかなーって思って」
(自覚あったんだ)
フウはオシャレの動機をイナに語った。
トラ族は強者のイメージが強いが逆にそれが祟って初対面の別種族に威圧的な印象を与えやすい。
フウも例外ではなく、それを少しでも払拭するために尻尾にリボンをつけているのである。
「逆にキツネ族の子ってこういうのやらないの?」
「やりませんよ。毛並みの手入れだけで十分ですから」
イナはキツネ族の風習をそれとなく語った。
キツネ族はありのままを重視する傾向があり、髪留めやヘアバンドといった髪型に関わるもの以外のアクセサリーを髪や尻尾に付けたがらない。
現にイナも視力矯正用のメガネ以外は付けていなかった。
「髪すっごい綺麗!しかもふわふわでいい匂いする!シャンプーは何使ってるの?トリートメントは?」
(会話を無限に続けてくる……)
フウは脊髄反射のごとく次々に話しかけてくる。
人とのコミュニケーションが不得手なイナはこれの対応に追われて一苦労であった。
そんなこんなしているうちにイナは自分の家が見えた。
フウとのやり取り自体は嫌ではなかったが一刻も早く切り上げたい身としてはまたとないチャンスであった。
「もうすぐ家につきますのでここらへんで」
「マジ?ウチもすぐそこに住んでるんだー。ほらそこ」
フウはそういうととある一軒家を指差した。
そこは特別目を引くようなものはない新築の一軒家である。
だがイナはそこを見て度肝を抜かれた。
(私の家の隣なんですけど!?)
フウの家はイナの家と隣同士であった。
しかも間隔もかなり近く、フウがその気になれば窓から窓へ飛び移れそうなほどであった。
春休み中に新しい家に誰かが引っ越してきたのは知っていたがそれがフウの一家だとは想像もつかなかった。
「もしかしてお隣さん!?」
フウは目を輝かせながらイナに尋ねた。
こうなってはもはや嘘はつけない。
「そうみたいですね」
「なんという偶然!いや、これは偶然じゃなくて運命だね!」
フウは大喜びでイナの手を取って上下に振り回した。
その勢いにイナの肩が外れそうになる。
「よかったらウチに遊びにおいでよ」
「えっ?ですが……」
「待ってるからねー!」
フウはイナを家に誘うと返事を待たずに自分の家へと帰っていった。
「ただいまー!」
玄関が勢いよく開き、すぐに音を立てて閉じられた。
家の中にからフウのものと思わしき足音がドタドタと聞こえてくる。
(そういうところがトラ族なんですよあなたは)
イナはフウの唯我独尊な振る舞いに内心そう思いながら一人静かに家に帰り、鍵を開けて中に入ると再び施錠をしたのであった。