姫ちゃんはなんだか積極的です
イナ、フウ、エリカの三人は空の色が変わるまでフウの家で遊び倒した。
そんな時間が終わりを迎えたのはエリカの携帯に一件の通知が入ってからのことであった。
「あの……ボク、そろそろお邪魔させてもらいます」
「そっかー。じゃあ今日はここでお開きだねー」
フウは解散を宣言するとイナとエリカは荷物をまとめてフウの家の玄関まで戻り、靴を履き直してお開きとなった。
「駅まで送り届けますよ。この辺りは歩きなれてないでしょうし」
「あ、ありがとうございます……」
イナはエリカを最寄り駅まで送り届けることにした。
この辺りの土地勘を最も持っているのはイナであるため、案内役としては最適解であった。
「じゃあねー!また遊ぼうねー!」
フウは自室の窓から上半身を乗り出してエリカに手を振った。
エリカは小さく手を振って会釈をするとイナと二人で最寄り駅に向かった。
(先輩と二人っきり……!)
道中、エリカは緊張していた。
というのも憧れの先輩であるイナと二人っきりになるというシチュエーションが不意に実現してしまったためである。
「先輩はどうやってフウさんと仲良くなったんですか?」
「向こうから話しかけてきたんですよ。ちょうど今日の姫ちゃんにやってたみたいに」
イナはフウとの仲を深めるまでの経緯をエリカに語った。
転校初日から後ろの席の自分に話しかけてきたこと。
キラキラという単語を感覚を引き合いに出して自分をカフェや自宅に連れ込んだこと。
初めて出会ったのは一ヵ月程度前だがそれらの記憶は鮮明に残っている。
「先輩……手、繋いでくれませんか?」
エリカはイナに懇願した。
空はすでに日が落ちていて暗い。
明かりが少なく心もとないのだろうと考えたイナはエリカの手を取った。
(すごい指搦めてくる……)
エリカはイナの手を取るとイナの指の隙間を強引にこじ開けるように指を絡ませた。
それは所謂『恋人繋ぎ』と呼ばれるものであった。
エリカは繊細に力を調整しつつもイナの指をぎゅっと握りしめる。
その力はフウにも引けを取らず、流石はライオン族といったところであった。
手をつなぎながら歩くこと十数分、イナはエリカが利用している最寄りの駅へとたどり着いた。
あとはエリカがホームに入るだけだが彼女はなかなかつないだ手を離そうとしない。
「行かないんですか?」
「電車が来るまで、まだ時間ありますから」
エリカは理由を付けて留まった。
この駅に電車はおよそ十分から十五分刻みでやってくるため、確かにまだ数分程度の時間がある。
到着したのを見てからホームに入っても間に合う程度には余裕があった。
「先輩はフウさんのこと、どう思ってるんですか?」
エリカは俯きながらか細い声でイナに訊ねた。
顔はイナから目を逸らすように前を向いており、目を合わせようとしない。
まるで返答を恐れているかのようである。
「フウさんのことは好きですよ。もちろん、お友達として」
イナは自分の口から伝えられるフウへの想いをエリカに明かした。
だが本当はそれ以上の感情を抱いており、恋愛のそれに近かったが女子同士ということもあり、それを公言するには抵抗があった。
「そうですか……」
「それがどうかしたんですか?」
「……」
イナが何気なく尋ねるとエリカは言葉を詰まらせてしまった。
そしてその刹那を破り、エリカはイナの手を握るその手に力を込めるとイナの前に身体を移した。
「あのっ!ボク、先輩の特別になりたいんです!だから、その……」
エリカは自身の胸中をイナに打ち明けた。
エリカは入学動機にすらイナの存在が関わっているほどに彼女に思い焦がれた時期が長く、フウよりもずっと前からイナのことを知っている。
そんな彼女と会話ができる関係になれたということもあり、その先へと進みたかったのである。
「貴方はフウさんとそっくりです」
イナは静かにそう口走った。
自分に対して好意をアピールしてくるところはエリカもフウも似た者同士である。
だが明確に違うところがあるとすればエリカはイナに向ける好意が恋愛感情のそれということである。
友情と恋愛感情の違いに疎いイナでもそこは察しがついていた。
「私も姫ちゃんのことは好きです。特別な先輩ではいてあげますが、それ以上にはなれません」
「それはフウ先輩がいるからですか?」
「想像にお任せします」
イナは説明を放棄してつないだ手を離した。
「可愛い後輩にはお礼をしないといけませんね。少し目を閉じてもらえますか?」
イナはエリカに目を閉じさせると彼女との距離をぐっと詰めた。
緊張で震えるエリカを見て少しばかりの笑みをこぼし、エリカの左頬にキスをした。
「目を開けてもいいですよ」
「せ、先輩!?今のは……!?」
「先輩のキスです。恋人にはなれませんがこれぐらいならしてあげられます」
イナはエリカの口を人差し指で塞いで返事を遮った。
エリカは何も言えず、ただ顔を真っ赤にすることしかできない。
そうこうしている内に駅のホームから電車の到着が近いことを知らせるアナウンスが聞こえてきた。
「早くいかないと乗り遅れちゃいますよ」
イナから催促を受けたエリカは俯いたまま首を小さく縦に振り、改札を抜けて駅のホームへと入っていった。
少女マンガで見たことがあるような行動を素で繰り出してくるイナに対して胸の高鳴りが収まらない。
この日、イナはエリカの心を射止め、エリカはイナの魔性が本物であることを知ったのであった。




