なんでも命令していいんですよね
(早くこの空間から抜け出したい……)
イナは賭け付きのゲームが熱狂するこの空間から一刻も早く退却したかった。
言い出しっぺのフウとエリカは自分の命令を通そうと躍起になっており、その命令は間違いなく自分に向いてくる。
「やったー!ウチの勝ちー!」
二回目の対戦の勝者はフウとなった。
最初の対戦でイナにかき回されてエリカに落とされた展開を踏まえ、真っ先にイナを落としてエリカとの一騎打ちに持ち込んでの勝利であった。
「うーん。何命令しよっかなー」
フウはわざとらしくもったいぶるような言い草を見せた。
イナはどうせ自分が巻き込まれるのは確定しているので一刻も早く決めてほしくてならなかった。
「あ、そうだ!三人で写真撮ろ!」
フウは思いつきでそういうと携帯のカメラを起動した。
イナを中央に、エリカを左側に配置すると自身はイナの右側に位置取りしてカメラを斜め上から構える。
「撮るよー。もっと寄って寄ってー」
フウはアングルが決まったところでシャッターを切った。
写真にはバッチリウィンクをキメるフウとおっかなびっくりな表情のエリカ、二人に挟まれて窮屈そうにしているイナの三人の姿がブレなく収まっていた。
「オッケー。後で送ったげるねー」
フウは撮った写真をイナとエリカにも送るつもりであった。
無論、綺麗に見せるためにアプリでの加工は欠かさない。
「よーし、次やろう次!」
フウによって三回戦の開始が宣言された。
イナはフウとエリカによる命令が自分に飛んでこないようにどうにかしなければならなかった。
(真正面から挑んでも勝てません。手を回すのも警戒されてますし、ここは……)
イナは策を巡らせた結果、ゲーム開始と同時に二人から距離を離すようにガン逃げを選択した。
「イナっち戦えー!」
「私だって勝ちたいんですよ」
フウから煽られたイナは毅然と言い返す。
勝ちたいのは命令したいからではなく、自分が命令されたくないからである。
イナは近づかれたら逃げ、自分が有利になる位置に誘い出してはあわよくば突き落としを試みた。
だがゲーム経験者であるフウとエリカにはその手は通じない。
イナは打てる手がなくなってしまった。
(こうなればできることは……)
切羽詰まったイナは今の自分に使える奥の手を使うことにした。
「エリカさん。私に勝ちを譲ってくれたら今度の休みにデートしてあげますよ」
イナはエリカの近づくと彼女の耳元で息を吹きかけるように囁いた。
ゲーム未経験のイナに取れる奥の手、それは言葉による番外戦術であった。
(イナ先輩とデート、イナ先輩とデート、イナ先輩とデート!)
イナに唆されたエリカは迷いなく自らステージの下に落下していった。
エリカにとっては目の前のゲームで勝つことよりも憧れの先輩とのデートの方が大事であり、このチャンスを逃すことなどあり得なかった。
残るはフウだけである。
「イナっち何吹き込んだのさー!」
「負けてくれたらデートしてあげるって言っただけです」
エリカの様子が急変して驚愕するフウに対してもイナは同じように言葉を吹き込んだ。
「ズルい!ウチもイナっちとデートしたい!」
フウはエリカに対抗するように自らステージを降りていった。
番外戦術により、イナは戦わずして勝利したのであった。
「さて、私が勝ったわけですが……」
勝者となったイナはフウとエリカに何を命令しようか考えた。
自分が命令されたくないがために勝ちに行ったが逆に何をさせようかとは考えていなかったのである。
数秒程度考え、イナはとあることを思いつく。
「そうだ。お二人には今度の試験終わりまでデートをお預けしてもらうっていうのはどうでしょう?」
イナは命令の内容を発表するとクスクスと笑った。
「えーっ!?それはズルいってー!」
「そうですよ!一週間も待つんですか?」
「なんでも命令していいって言いましたよね?」
イナは食い下がろうとするフウとエリカに対してルールを引き合いに出して反論した。
ルールを決めたのが自分たちである以上、二人は何も言い返せなかった。
「姫ちゃん。デート、楽しみにしてますよ」
「ひゃ、ひゃい……」
イナは前のめりになってエリカに迫ると、彼女の目を見ながら約束を取り付けた。
エリカはイナの魔性に形無しにされ、さっきまでのハイテンションから一転して小声に戻っている。
今のイナは後輩を振り回すワガママな先輩であった。
「イナっちってたまにとんでもなく悪いこと言うよね」
「そうですか?ふふふっ、そう思うならそうかもしれませんね」
イナはフウに認識を委ねるようにそう言ってのけた。
彼女の無自覚に繰り出される思わせぶりな態度にフウとエリカは悉く振り回されるのであった。




