あの子と姫ちゃんに挟まれました
「ここがウチの家ー。さ、上がって上がってー」
フウはイナとエリカを自宅へと招き入れた。
その日は珍しくフウが自ら玄関の鍵を開けていた。
「おばさんはいないんですか?」
「ママは昼間からスタジアム行ってるから夜まで帰ってこないよ」
フウの母は外出中であった。
今日はフェリンズの二軍戦がデーゲームで開催され、その後のナイターで一軍戦
「お菓子とか飲み物とか持ってくるから二人は部屋でゆっくりしててよ」
フウはイナとエリカを部屋に上げるとお菓子を取りにリビングへと向かっていった。
階段をすっ飛ばし、壁を蹴る音が響く。
「階段降りるだけであんな音するんですか?」
「フウさんは家の階段降りる時に壁を蹴って降りるんですよ」
フウは階段を降りる時にあまり段差を利用したがらない。
流石に学校では壁を蹴ったりすることはしないがそれでも降りる時には頻繁に数段飛ばして飛び降りる。
彼女の高い身体能力とそれに耐えられる強靭な肉体があってこそ成せる所業であった。
「フウ先輩の部屋ってものがいろいろありますね」
「探せばなんでも出てきますよ。例えばここの引き出しにはお菓子が入ってますし」
イナはそういうとフウの部屋を紹介するようにフウの机の引き出しを開けた。
そこにはイナが語る通りに小分けで放送された一口サイズのお菓子がゴロゴロと出てくる。
「他にもここには化粧品がありますし、そこの棚にはマンガがあって裏には古めのゲーム機が……」
「先輩、もしかして通い慣れてますか?」
あまりにも手慣れた様子でフウの部屋を漁るイナにエリカはツッコミを入れた。
「まあ、週に二三回は来てますから」
イナはさも当然のように語った。
イナとフウは家が隣同士ということもあり、ゲームで遊んだり勉強会をしたりと様々な目的でイナが上がっては気軽に入り浸っている。
それを知ったエリカはかなりの衝撃を受けた。
(イナ先輩とフウ先輩がこの部屋で二三日に一回二人きり……?)
エリカは呆然としつつ一人妄想を始めた。
憧れの先輩であるイナがギャルであるフウとこの空間で仲良くしているしている姿を想像するごとにこれまでイナに対して抱いていたイメージが崩壊していく。
「お待たせー。せっかく三人いるし、ゲームでもやる?」
お菓子とジュースを抱えたフウが部屋に戻ってきた。
ゲームという単語を耳にしたエリカは目を輝かせる。
「いいですね!何やりますか?」
「いろいろあるから選んでいいよー」
フウはゲーム機を起動させるとエリカにホーム画面からゲームタイトルを選ばせた。
彼女はディスクやチップといった小物の管理が苦手なため、ゲームをパッケージではなくダウンロードで購入する派である。
「じゃあこれがいいです!」
エリカが選んだのは複数人向けのパーティゲームであった。
プレイヤーによる攻撃やステージギミックなどのありとあらゆる手を使って他のプレイヤーをステージから落とし、最後の一人になれば勝ちという単純明快な内容である。
「いいじゃん。せっかくだから何か賭けてみる?」
「賭け?」
「勝った人が負けた人になんでも一つ命令できるってのはどう?」
フウがそう口走った途端にイナの背筋にゾワゾワと悪寒が走った。
フウとエリカがゲーム経験者なのに対してイナはほぼ未経験、まずこの時点で圧倒的に不利なハンデを背負っている。
すでにフウとエリカはイナに対してギラついた視線を送っており、負ければ何をされるかわかったものではなかった。
(しまった!挟まれた!)
イナは右隣をフウ、左隣をエリカに挟まれていた。
自分より身体の大きいトラ族とライオン族に包囲されて物理的な逃げ場はない。
もはや賭けに応じる以外の道は残されていなかった。
「うわー!今のはないでしょ!」
「勝てばよかろうなのですよ!」
いざゲームが始まるとフウとエリカはワイワイと騒ぎながら盛り上がっていた。
イナは開幕から集中攻撃を受ける可能性を危惧していたがフウとエリカは互いにライバル心をむき出しにしてぶつかり合っており、奇跡的に無視されて好都合であった。
(あの二人に勝つためにはまずどちらかに脱落してもらわなければ……)
イナが勝つための最善の手段は二人に同士討ちをさせ、残った方をラッキーパンチなりで落とすことである。
まず同士討ちをさせるため、イナは姑息に立ち回った。
「エリカさん、そこに武器が落ちてますよ」
「マジですか!じゃあ使わせてもらいます!」
エリカは近くに落ちていた武器を拾うとそれでフウを攻撃し始めた。
本当はそこに落ちていたのではなく、イナがエリカに拾わせるために調達してきたものである。
「謀ったなイナっちー!」
「しょうがないじゃないですかまともにやっても勝てないんですから!」
フウはイナを糾弾するがイナは自分の行為を正当化しようとした。
現実であろうとゲームであろうとトラ族とライオン族に真っ向勝負を挑んでも勝てない。
頭脳プレイで出し抜くのがキツネ族のやり方であった。
「あっ」
「やったー私の勝ちです!」
武器を手にしたエリカがフウを落としたのも束の間、そのまま流れでイナもボコボコにされてステージから落下していった。
同士討ちをさせることを考えるあまり残った方をどうやって落とすかまで考えが及んでいなかったのである。
こうしてゲームの最初の勝者はエリカとなった。
「命令していいんですよね」
「いいよー。そういう約束だからねー」
エリカが確認をするとフウは首を縦に振った。
エリカの視線はイナに向き直り、イナは気が気でない。
「じゃあ……イナさん先輩!」
エリカの命令の矛先は案の定イナに向かった。
イナは息を呑んで見守る。
「これからボクのこと……姫ちゃんって呼んでほしいです」
エリカの命令は肉体的な何かを要求するものではなかった。
いい意味で予想外な内容にイナは胸を撫で下ろした。
「姫ちゃん……さん。これでいいですか?」
「はい!でもさん付けはしないでくださいね!」
(思ってたより要求が難しい!)
イナに呼ばれたエリカは満面の笑みで大喜びであった。
一方でイナは慣れないあだ名呼びをさせられることに困惑している。
「よーし次の対戦行くぞー!」
(これがまだ続くの!?)
フウの合図により、賭け付きのゲームは続行されるのであった。




