私を知っている後輩がいました
定期試験を目前に控えたとある日の放課後のことであった。
その日のイナは私用で街の書店を訪れていた。
目的は学術書とフウに薦められたマンガの購入である。
目当ての学術書を発見し、次いでマンガのコーナーを見ていると、小さな影がイナに近づいてきた。
「あ、あの。イナ先輩……ですよね」
接近してきた影はか細い声でイナに話しかけてきた。
声の主は金髪のライオン族の少女であった。
少女はイナより少しばかり背が高く、編み込まれたもみあげと尻尾の根元あたりまで伸びたウェーブヘアが金髪も相まって非常によく目立つ。
さらにイナと同じくアステリアの制服を着用してしており、彼女が後輩であるという発言に説得力を持たせた。
「そうですが。どちら様ですか?」
「ボク、アステリア一年一組のエリカって言います」
ライオン族の少女はか細い声で自らをエリカと名乗って立場を明かした。
エリカは正真正銘イナの後輩であった。
(どうしよう。後輩と話したことない……)
イナは気まずかった。
彼女はこれまで後輩と会話をしたことがなかったため、どう振る舞えばよいかわからなかったのである。
フウが一緒にいれば立ち回りのフォローをしてくれるのだが今は彼女はいない。
「ボク、パンフレットに写ってる先輩を見てアステリアに入りました!」
エリカは目を輝かせながらイナにアピールした。
さっきまでのか細い声から一転し、フウにも引けを取らない大きな声が飛び出してくる。
どうやら彼女はテンションが上がると声が大きくなるようであった。
「あー、そんなのありましたね……」
パンフレットの一件を思い出したイナは苦笑いした。
昨年作成されたパンフレットには特待生制度を紹介するページにイナが顔出しとインタビューコメント付きで掲載されていたのである。
彼女自身はすっかり忘れていたが、まさかそれを見て入学してくる生徒がいるとは予想外であった。
「先輩とお話しできて嬉しいです!」
(フウさんみたいなのが増えた……)
エリカはイナの両手を取って固い握手を交わした。
そのアグレッシブな姿勢にイナはフウのことを思い出した。
「先輩もマンガ読むんですか?ボクはマンガ大好きです」
エリカはイナの周りをクルクル回りながらアピールしてくる。
彼女はマンガやアニメ、ゲームといったサブカルチャーを好む所謂オタクであった。
そしてその挙動仕草は初めて出会った頃のフウそのものであった。
「このマンガを探してるんですが、どこに置いてあるかわかりますか?」
イナは携帯でマンガのタイトルを検索すると表紙の画像をエリカに見せた。
「これはですね。この本の出版社のコーナーがまずそこにあって、この前出たばかりの新刊なので……」
エリカは饒舌になりながらイナを案内した。
マンガや雑誌を本棚から見つけ出すのはエリカの得意技である。
(先輩がボクのこと頼ってくれてる!)
エリカは敬愛するイナに頼ってもらえて大喜びであった。
そんな彼女の張り切る姿をイナは一歩後ろから微笑ましく見守る。
エリカはものの十数秒でイナの目当てのものを見つけ出した。
「先輩もこういうの好きなんですか?」
「友達に薦められたんですよ」
「お友達って、あの白毛のトラ族の先輩ですか?」
「その通りです」
エリカはフウのことを尋ねた。
イナと校内で最も親しい人物ということもあり、フウのことは認知しているようであった。
「ありがとうございました」
「先輩、また何か頼りたいことあったらなんでも言ってくださいね!」
目当てのものを手に入れたイナはエリカと別れて会計レジに向かった。
別れ際、エリカはちゃっかり連絡先を交換しており、一見落ち着きがないように見えてその身抜け目のない後輩であった。
帰宅後、イナはさっきの出来事をメッセージでフウに共有した。
『書店で後輩の子とお話をしました。エリカさんっていうライオン族の子です』
『ウチもその子知ってる。姫ちゃんでしょ』
フウはエリカのことを知っているようであった。
というのも、エリカは新入生の中では名の知れた存在だったためである。
『姫ちゃん?』
『顔可愛いし、ライオン族なのにおっとりしてるし、あと家がめっちゃお金持ちらしいよ。だから姫ちゃん』
フウは校内におけるエリカの人物像を伝えた。
ライオン族は男女問わず気が強い傾向にあるのだがエリカはその限りではない。
彼女の在籍するクラス内ではグループの中心人物であり、その存在はクラス外にも認知されていた。
『今度顔合わせてみませんか?マンガとかゲームが好きみたいなので』
『マジ!?ぜひぜひ!』
イナの一言からフウはエリカに興味を示したのであった。




