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白虎ちゃんのお気に入り  作者: 火蛍
白虎ちゃん
21/79

私にもあの子に勝てるものがありました

 イナはジムの施設内を歩いては常連たちに声をかけられるという奇妙な出来事に見舞われていた。

 きっとフウが何か差金を入れたに違いない。

 それを問いただすのも兼ねてイナはフウのことを探し続けた。


 一方その頃、フウはイナの捜索を逃れながら常連たちにイナと接触して感じた印象を尋ねて回っていた。


 「イナっちどうだった?」

 「あの子はすごいな」

 「すごいってどんな感じに?」

 「一挙手一投足に色気が漂ってる。しかもあの子はそれを自覚してない」

  

 常連たちは各々感じたことを正直にフウに伝えた。

 多少の差異はあれど、彼らが決まって口にした単語は『色気』であった。

 フウはそれを言葉では否定したものの、あまりに口を揃えられたせいで疑いを感じるようになってしまった。


 フウはロッカールームに戻り、自販機でドリンクを購入して腰を落とすと普段のイナの姿を思い浮かべた。

 基本的に真面目で律儀、多少固い言い回しをすることはあるがなんだかんだで用事に付き合ってくれる人の良い性格、そんなイナに色気を感じたことはこれまで一度もなかった。

 だがフウはふと昨日の彼女の姿を思い出した。

 

 「……ッ!?」


 フウは昨日のイナの表情を思い出して胸がドキドキするのを感じた。

 まるで自分を弄ぶかのように目を細め、イタズラっぽく口元に手を当ててクスクスと笑うその姿は大衆がイメージするキツネ族の仕草そのものであった。

 その時の仕草と表情を思い出すたびに胸の鼓動が高鳴ってしまうのである。


 「見つけましたよ。何をしていたんですか?」

 

 フウが夢想しているところにイナが入り込み声をかけてきた。

 予想外の登場にフウは驚き背筋を伸び上がらせた。

 

 「いっぱい身体動かしたからちょっと休憩……みたいな?」


 フウはそれっぽいことを言ってごまかそうとした。

 しかし発言がしどろもどろであり、それが嘘であることはイナに見透かされている。


 「フウさん、今日はどうしたんですか?今朝から私のことを避けているみたいですが」


 イナは考えていたことを正直に口にしながらフウを問い詰めた。

 初対面の大人しい印象から一転して強気に出てくるイナの姿にフウは初めて及び腰になった。


 「私何かしましたか?何か怒らせるようなことをしたのなら謝りますから、説明してください」


 イナはフウから今朝からの行動の真意を聞き出そうとしていた。

 彼女はとにかくフウの行動理由が知りたくてならなかったのである。


 「えっと、あのねイナっち。怒らずに聞いてくれる?」

 

 フウは耳を伏せながら恐る恐る尋ねてきた。

 普段のイケイケの押せ押せな彼女とはまるで違うしおらしい姿はフウが女の子であることをイナに感じさせた。


 「いいですよ。いつもみたいに素直に話してみてください」

 「昨日ウチにキスしてくれたじゃん。あれからイナっちの顔を見るとその時のことを思い出してなんかドキドキしちゃって……」

 

 フウは気まずそうに今日の行動の動機を明かした。

 

 「そういうことでしたか。私は幼いころによく両親に褒めてもらう時にキスをしてもらっていたものですから、てっきりそのつもりだったのですが」


 動機を知ったイナはキスという行為に走った理由をフウに明かした。

 イナは幼少期、両親から褒められるときに評価の証として顔にキスを受けていた。

 今はそんなことはしていないが彼女にとっては今は亡き父との数少ない思い出の一つでもある。

 

 「ふーん。そういうことでしたか」


 イナはフウがよそよそしくなった理由を理解した。

 キツネ族とトラ族ではキスに対する価値が違うのである。

 イナは目を細めてイタズラっぽい笑みを浮かべると身体をフウの眼前まで詰めた。

 

 「イ、イナっち顔近いってば……」

 「キツネ族をその気にさせるなんて、貴方は悪い方です」


 イナはフウの頬に両手を回すと強引に彼女の目を覗き込んだ。

 ダークゴールドの瞳がフウの視線を釘付けにして離さない。

 

 (ウチ、もしかしてとんでもない子に目をつけちゃった……!?)


 イナに迫られたフウはジムの常連たちが口を揃えてイナのことを魔性だと言っていた理由をようやく理解した。

 今の彼女が放つ色香は自分の中の理性を吹き飛ばしてここでないどこかへと連れて行ってしまいそうであった。

 はじめは自分だけがその輝きを理解できる宝物だと思っていたがそれは思い違いであった。

 実際のところは自分がイナの瞳の妖しい輝きに魅せられていたのである。


 当のイナはというと日頃フウに振り回されている分の仕返しと言わんばかりにこの状況を楽しんでいた。

 勉強以外で明確に自分が上手を取れることを発見したのは彼女にとっては大きな自信となった。

 彼女もまた美貌や色香を武器にできるキツネ族であり、ついにその才覚に目覚めたのである。


 「フウさん、前に私のことを好きって言ってくれましたね」

 「うん、言ったよ」

 「私も貴方のことが好きです。他の誰でもない、貴方だけのことが」


 イナは背伸びをするとフウに密着して彼女の耳元でささやいた。

 イナの小さな吐息が耳にかかり、それが痺れるような刺激となってフウの全身を駆け巡る。


 「いい気分です。今回のことは許してあげますからこれからもいいお友達でいましょうね」

 

 イナはそう言い残すと大きな尻尾を上機嫌に揺らしながらロッカールームを出ていった。

 ことの一部始終を見ていたものは誰もいない、このことを知っているのはイナとフウの二人だけである。

 イナが去った後、フウは全身の力が抜けたようにその場に崩れてへたり込んだ。


 「あんなことされたら誰でも好きになっちゃうじゃん!」


 フウはロッカールームの床にへたり込んだまま負け惜しみのように叫んだのであった。

 

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