何か誤解されてませんか?
小テストがあった日の翌日。
フウとイナはいつも通りに二人で登校していた。
だが今日はフウの様子がどこかおかしい。
「今日は放課後に何をしますか?」
「えっ?うーん、そうだなぁ……」
フウの返事が普段と比べて歯切れが悪い。
それはまるで目の前のイナに意識が向いておらず他のことを考えているかのようであった。
イナは思い当たる節が見当たらずに首を傾げた。
「そうだ!今日はジム行こ!」
フウは歯切れの悪さを誤魔化すように口走った。
彼女の小さな耳がピコンと跳ねる。
その後もフウはイナと目が合うとどこかよそよそしく視線を逸らしたり、急に突飛な話題を振ってきたりと変であった。
「あの、なにかあったんですか?」
「何もないよ。何もね!」
フウの振る舞いを見たイナはフウが自分に対して何かを隠していることを確信した。
そしてそれが何なのかをどうにかしてあぶり出してやろうと考えた。
「じゃあウチは先に行ってるからねー!」
そして放課後、フウは荷物をまとめると風のように教室を飛び出していった。
イナはそんなフウを追いかけてジムへと足を運ぶことにした。
イナは通りのジムへとやって来た。
彼女がここを利用するのはこれが二度目である。
スポーツウェア代わりに体操服に着替えたイナは施設内を歩いてフウの姿を探した。
しかしフウの姿は見当たらない。
それどころか普段なら近くにいればどこかしらから聞こえてくるはずの彼女の声すら聞こえてこなかった。
(まさか来てない?)
イナはフウが不在の可能性を疑った。
しかし身体を動かすことを好むフウがわざわざ宣言をしたうえですっぽかすことなど考えられない。
彼女はきっとどこかで身体を動かすことに集中しているのだろう、イナはそう解釈することにした。
「ようこそイナさん。また来てくれたんですね」
偶然通りかかったジムのトレーナーことカナメがイナに挨拶をしてきた。
今日は彼がいる日であった。
「あの後はどうでしたか?」
「丸一日筋肉痛に苦しめられましたね」
「そうでしたか。筋肉痛は筋肉がより強くなろうとしている証です」
カナメはイナにジム初利用後の経過を尋ねた。
イナが苦笑い混じりに報告するとカナメは爽やかな笑顔と共にそう言い放つ。
「現在のイナさんの課題には上半身の筋力不足が考えられますので、今日は上半身のウエイトトレーニングを中心にやっていきましょう」
カナメは前回の利用の様子を鑑みた上でイナにメニューを提案した。
イナは前回一度も懸垂を成功させることができていない。
その原因はいろいろとあるが最大の理由は自分の体重を支えるだけの腕力を始めとした上半身の筋力不足であった。
懸垂そのものに挑戦することよりもまずそこを重点的に鍛えることが重要だとカナメは考えたのである。
「というわけで今日はベンチプレスに挑戦してみましょう」
カナメが案内したのはベンチプレスのマシンであった。
ジムといえばこれ、というイメージ通りの設備を見たイナは思わず息を飲んだ。
「私にもできますか?」
「バーベルの重さは調節できますので自分に合った重さにすればきっとできますよ。まずは軽いもので試してみましょう」
カナメはそういうとイナにベンチプレスのやり方を指導し始めた。
「まずは目安を決めましょう。イナさん、ご自身の体重はどれぐらいですか?」
「だいたい四十キロぐらい……」
「では半分の二十キロからやってみましょう」
イナはカナメからの質問に対して具体的な数値をぼかしつつもそれに答えた。
カナメはバーベルをマシンから取り外すと重さを調節し、二十キロに設定した。
「まずはベンチの上に仰向けになりましょう。ベンチ中央に切れ込みがあるので足はそちらに向けて尻尾は切れ込みの中に通してください」
イナはカナメの指導に従ってベンチの上に仰向けになった。
カナメはイナの隣に移動すると彼女の胸の上辺りまでバーベルを運んだ。
「シャフトを待ってみましょう。腕を肩と平行になるように伸ばして、さらに肘を垂直に上に上げてください」
カナメの指示通りにイナが姿勢を変えるとカナメは彼女の腕にシャフトを握らせた。
「これがベンチプレスの基本姿勢です。手を離します。いいですか?」
「は、はい」
カナメは前置きをするとゆっくりとシャフトから手を離した。
バーベルはイナの体重の約半分の重さである。
重さこそ感じるが支えられないことはない、むしろ多少の余裕があるぐらいであった。
「では息をゆっくり吐きながら腕を上げてバーベルを持ち上げてみましょう」
イナは初めてのベンチプレスに挑戦した。
口で息を吐きながら腕を上げるとバーベルはゆっくりと持ち上がる。
「なあ、あの子って昨日フウちゃんが話してたキツネ族の子じゃないか?」
「アステリアの体操服着てるし間違いないな」
イナがベンチプレスをしていると、彼女のことを噂する声が耳に届いた。
フウは常連たちに自分のことを話していたことを察知したイナは会話の内容が筒抜けになっていることを隠し、あえて聞こえないふりをして様子を伺うことにした。
「あの子がフウちゃんのファーストキスを奪ったっていう例の子か」
(確かにキスはしましたがそこまでやってません)
イナは常連たちの会話に心の中でツッコミを入れた。
彼女がキスをしたのはフウの右頬であり、唇ではない。
どうも話を誇張して解釈されているようであった。
「どうする?声かけてみるか?」
「確かにちょっと話聞いてみたくなってきたな」
(やめて来ないで何話せばいいかわからないから!)
イナは焦った。
ジムの常連たちは絵に描いたような体育会系である。
フウという共通の知り合いがいるとはいえ、イナと会話のソリが合わないのは明白であった。
「はい、ではここで一息入れましょう」
初めてのベンチプレスを十回試したイナはバーベルを下ろすと上半身を起こして一息ついた。
するとそこを見計らったかのように男たちが近寄ってくる。
「こんにちはー!」
「こ、こんにちは」
屈強な男二人がイナに声をかけた。
イナは慌てて挨拶を返す。
ジムトレーナーのカナメがそばにいるため変なトラブルにはならないと分かってはいるがそれでも身構えるところがあった。
「おじさんたちはフウちゃんの知り合いだよ。君はイナちゃんかな?」
「はい。そうですが……」
フウはベンチから降りて立ち上がると目を細めて男たちの顔を覗き込んだ。
「大丈夫。そんな怖い顔しないで」
「すみません。目があまり良くないものですから」
イナは近眼である。
普段はメガネで視力を矯正しているが今はメガネを着用してしていないため、近寄らないと人の顔を認識できなかった。
(目綺麗だなぁ。色気すっご……おっぱいでっか!)
イナに顔を寄せられた男は思わずたじろいだ。
イナのダークゴールドの瞳はやはり見るものを惹きつけ、さらに無防備な胸元は男子には刺激が強いものであった。
さらにベンチプレスの直後で軽く紅潮した顔色と少し乱れた息遣いは無自覚に色気を演出していた。
「そういえばフウさん見ませんでしたか?ここに来てると思うんですが」
「フウちゃんならさっきランニングやってたよ。まだいるんじゃないかな」
「そうですか。ありがとうございます」
イナは常連たちとカナメにお辞儀をするとフウを探してその場を後にしていった。
「ありゃ魔性の女だな」
「間違いないな」
(私、何か誤解されてませんか……?)
イナはものの言われに全く自覚がなく首を傾げるのであった。




