キラキラって何?
「ねえねえ、よかったら連絡先交換しよ!帰り道はどっち?よかったら一緒に帰ろ!」
下駄箱までの廊下でもフウはしきりにイナに話しかけてきた。
イナは頭の中でフウのトラ族特有の大声がガンガン鳴り響き、一刻も早くこの場から逃げたくてならなかった。
しかし彼女は律儀であるため、フウの声かけを蔑ろにするようなことはできなかった。
「帰り道はあっちです」
「へぇー、じゃあウチと一緒だね」
イナが自分の帰り道を指さすとフウは目を輝かせた。
どうやら帰り道は同じようである。
「そういえば名前なんていうの?」
「私はイナです」
「へぇー、イナちゃん。イナっちって呼んでもいい?」
(距離が近い……)
フウはイナの周りをクルクル回るように歩きながら話した。
初めは萎縮していたイナだったがフウが悪人ではないことを感じ取り、まともに会話に応じることにした。
「なんで私に声をかけたんですか?」
「え、いけなかった?」
「そんなつもりじゃありませんが。私って地味で目立たないじゃないですか。他にも仲良くできそうな子はたくさんいるはずなのにどうしてかなって」
「イナっち、それで地味は無理があるよ」
フウは首を傾げながらイナの主張を真っ向から否定した。
彼女の目にはイナが地味なようには見えていなかったのである。
「どこが目立ってますか?」
「うーん、なんていうかー……キラキラに溢れてる!」
イナが尋ねるとフウは漠然と答えた。
フウの言う『キラキラ』がなんなのか、イナは気になって仕方がなかった。
「さっきも言ってたその『キラキラ』ってなんですか?」
「キラキラはね、明るくて、ピカーって光って、なんかすごい。そんな感じ」
フウは自分の中のキラキラ像を語った。
だがその内容もやはり抽象的でイメージがつきづらい。
ただマイナスなイメージでないことだけは確かであった。
帰り道の最中、フウは横を見てふと足を止めた。
そこには流行りのカフェがあった。
「よかったらここ寄ってかない?」
「悪いんですけど今はお金持ってなくて……」
「じゃあウチが出したげる。ゴーゴー!」
フウは金欠を理由に誘いを断ろうとしたイナを強引にカフェへと引き摺り込んだ。
トラ族の強力な腕力に引っ張られ、イナの身体は地面から浮き上がって軽々と抱え上げられる。
(結局入ってしまった……)
なし崩し的にカフェへと入店させられたイナは店内をキョロキョロと見回した。
店内は果実やクリームの甘い香りやコーヒーの独特な香りが入り混じった甘美な香りに包まれ、学校帰りの学生や昼休み中と思わしき若者たちが飲み物や軽食を手に思い思いの時を過ごしている。
イナはこういった雰囲気の店に入るのは初めてであった。
「何が飲みたい?」
フウは迷いのない動きで席を確保するとメニューを手にイナに注文を確認した。
イナがメニューに目を通すと、そこには品物の名前とトッピング、それぞれの料金がズラリと羅列されていた。
その情報量の多さにイナは混乱するばかりであった。
「イナっちはチョコレート系は好き?ウチのイチオシはこのクールショコラってやつ。氷抜きにしてクリームをトッピングするのがオススメだよ」
フウは饒舌になりながらイナにオススメを紹介した。
イナは自分の好みを選べるほどの余裕がなかったため、フウの紹介したものをそのまま選ぶことにした。
「じゃあ、それでお願いします」
「オッケー、じゃあ注文いれるねー」
フウは注文内容を決めると店員のいるカウンターへと向かった。
「クールショコラMの氷抜きクリームトッピング一つと、スイートベリーミックスMのベリーソースとチョコソーストッピング一つで」
(呪文……?)
フウの澱みない注文にイナは心の中で突っ込まずにはいられなかった。
数分後、注文したものを入った蓋つきの紙コップを手にフウが席に戻ってきた。
「はい、これイナっちの方ね」
フウはイナの方に片方の紙コップを送った。
そこには甘い香りを放つ白いクリームの塊が入っていた。
イナは頭に疑問符を浮かべた。
注文したのはショコラのはずだったが見えるものはそれとは違う白いクリームだったためである。
そんなイナの様子をフウは自分のドリンクをストローで啜りながら不思議そうに眺めていた。
「なんでショコラなのに白いんですか?」
「ブフッ!」
大真面目に疑問を投げかけるイナにフウは思わず啜っていたドリンクを噴き出した。
ストローを通して大量に息が吹き込まれ、紙コップの中が勢いよく泡立つ。
「何か変なこと言いましたか?」
「いやごめん、イナっちがあまりに面白くてつい」
フウは笑ったことを詫びるとイナのドリンクの容器にストローを刺すとそれを使ってドリンクをかき混ぜた。
するとクリームの中から茶色いドリンクが現れ、クリームと混ざり合って薄茶色のドリンクに変化した。
「こういうこと。クリームの下にちゃんとショコラはあるから」
「そういうことでしたか」
フウから説明を受けてようやく納得を得たイナはストローを通してドリンクに口を付けた。
「甘……」
イナは思わず口に出すほどにドリンクの甘みに衝撃を受けた。
口の中に広がる砂糖の暴力的な味に舌が溶けてしまいそうなしまいそうな錯覚すら覚える。
「こういうの初めて?」
「実は初めてで……」
「アハハ、やっぱりー!」
フウはイナの反応を見て改めて笑った。
イナはそれに対して不快に思うようなことはなく、むしろこの時間が楽しいとすら思えた。
「ね、今キラキラを感じない?」
フウはドリンクを飲みながらイナに語り掛ける。
「うーん……そう言われればそう、なんですかね」
イナはフウの語るキラキラのことを概念的になんとなく理解することができたのであった。