どうして私を選んだんですか
週明けの朝、教室でフウは魂が抜けたように席にもたれかかっていた。
つい先ほど数学の小テストが行われたばかりであった。
全十問の内五問以上正当で合格、四点以下は放課後に追試である。
「うがーッ!悔しーッ!」
フウは上を向いたまま感情のままに叫んだ。
彼女はギリギリ不合格になってしまい、放課後に再試験を受けることとなってしまったのである。
トラ族特有の大声が教室中に響き渡り、クラスメイトの注目を集める。
「病み上がりですから仕方ないですよ。再試験まで時間はありますから、間違えたところをおさらいしましょう」
「うぅー。やるしかないかぁ……」
イナはフウに労いの言葉をかけつつ追試への対策を提案した。
追試は放課後に行われる上、出題範囲が狭いことから対策を講じる時間的な余地は十分にあった。
フウは苦い表情をしつつも追試と向き合うことにした。
そして昼休み、フウはイナと二人でいつものように食堂に行って昼食を終えると昼休みが終わるまでの残り時間で追試のための勉強を始めた。
「さっきの答案見せてください」
「見せなきゃダメ?」
「当然です。間違えたところがわからなければおさらいできないじゃないですか」
イナは当たり前のように言い放つとフウの答案を確認した。
フウは自分の点数を確認されてしょぼくれる。
「途中の文章題で時間使いすぎましたね?」
「すごっ!?なんでわかったの?」
「最初はちゃんと解けていたはずの基礎問題が後半になると凡ミスを連発してます。文章題に時間を使いすぎてちゃんと解く時間がなかったんでしょう」
イナはフウが点数を落とした場所とその要因を一発で見抜いた。
フウは文章題に時間を使いすぎた結果、ちゃんと時間をかければ解ける問題に時間を使えずに落としてしまったのである。
「とりあえず後半の問題を落ち着いてもう一回解き直してみましょう」
「文章題はどうするの?」
「無視してください。そこで一点を取るより他で五点を取る方が大事です」
イナは文章題を無視するようにフウに言い聞かせて他の問題の解き直しをさせた。
小テストの文章題は問題の作り手側が点数を落とさせるために用意した引っ掛け問題であった。
そこを無視させることで他の場所で確実に点数を稼げるように教えたのである。
「できたー!」
「どれどれ……」
フウが解き直した答案をイナは自分の答案と照らし合わせて確認した。
時折計算ミスがあるものの解き方自体は間違っておらず、十点中七点という結果となった。
「これがあなたの本来の実力です。テストは問題を解けるようにするのも大事ですがどの問題で点数を取るのかも大事なんですよ」
「なるほどー。やっぱりイナっちは頭いいなー」
フウはイナの賢さの一端を見て素直な感嘆の声を上げた。
「フウさん勉強?」
「まあね、放課後追試になっちゃったからさ」
フウは脇から声をかけてきた他のクラスメイトと会話を始めた。
イナはその様子をぼんやりと眺める。
「イナさんに教えてもらってるの?」
「うん。イナっちの教え方超分かりやすいんだよー!」
「本当?やっぱり学年トップは違うなー」
「えっと、別にそんなたいそうなものじゃないですよ」
クラスメイトから視線を向けられたイナは反射的に謙遜した。
彼女はフウ以外の生徒と会話することがほとんどないため、返事もどこかたどたどしい。
「そろそろ昼休み終わっちゃうから教室戻ってきなよー。じゃあねー」
「ありがとー!」
やりとりがぎこちないイナとは対照的にフウは円滑にクラスメイトとのコミュニケーションを進める。
それを見ていたイナはとある疑問を抱いた。
昼休みも終わりが近くなり、食堂からは徐々に人がいなくなりつつあった。
「フウさん、また一つ聞いてもいいですか?」
「何ー?できるだけ手短にねー」
「フウさんは私のこと好きですか?」
「そりゃあ大好きに決まってんじゃん」
イナが尋ねるとフウは首を傾げつつもそれに答えた。
フウはイナに対して間違いなく好意を向けている。
だがイナはなぜフウが自分を選んだのかがわからなかったのである。
「どうして、私を選んだんですか?」
「理由なんてないよー。前も言ったけどイナっちにキラキラを感じたからってだけ」
「じゃあ聞き方を変えましょう。私のどこにキラキラを感じましたか?」
イナは質問を変えた。
フウの中のキラキラは嬉しい、楽しいなどのポジティブな感情を形容したものである。
彼女が自分の何にキラキラを見出したのかを知りたかった。
「うーん……そう言われると難しいなぁ。あの時イナっちの目を見て、その綺麗な金色の瞳がなんかすごく魅力的に見えて、あの時感じたものを例えるならそう……一目惚れっていうのかな」
フウは自分の感覚を言語化してイナに伝えた。
それを聞いた瞬間イナは絶句して硬直し、人がほとんどいなくなった食堂に静かな時が流れる。
そしてその刹那、静寂を破って昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴った。
もうすぐ午後の授業が始まる。
「深い意味なんてないよ!先に教室戻るからイナっちも遅れないでね!」
フウは気まずい空気を誤魔化すように身振り手振りを交えながら弁明すると先に食堂を飛び出して逃げるように教室へと戻っていった。
(もしかしてこれって両想いってやつなのでは……!?)
イナは頭の中で錯乱しながら遅れて教室へと戻った。
そんな彼女の顔は湯気が吹きだしそうなほどに熱くなり、尻尾が激しく自己主張するように大きく左右に揺れていたのであった。