あなたの秘密を教えてください
イナは困っていた。
見舞いの品を渡して軽く談笑したら切り上げるつもりがフウが予想以上にべったりとくっついてくるため中々離脱できずにいたのである。
フウは体調が悪くなると誰かに甘えたくなる性格であることをその身をもって理解することとなった。
もちろん彼女のこの一面を知る者はクラスメイトの中ではイナのみである。
「んー、イナっちぃ……プリン食べさせてぇ」
フウは差し入れのプリンを食べさせるように要求してきた。
普段なら突っぱねるところだが今のフウは一応病人の身であるため、断ることはできない。
イナはプリンの蓋のフィルムを剥がすと一部分をスプーンで掬ってフウの口の前に持ってくる。
「はい、口開けてください」
「あー……」
フウはイナに言われるがままに口を開けた。
声の大きさに違わぬ大きな口内には汚れひとつない歯が綺麗に並んでいる。
イナはスプーンの先端をフウの舌に乗せるとそのままプリンを食べさせた。
「どうですか?」
「いいねぇ、もう一口」
「しょうがないですね……」
フウのわがままにイナは翻弄されるばかりであった。
「ところでフウさん、聞いてみたいことがあるんですが」
「なぁに?ウチが話せることならなんでも教えてあげるぅ」
イナが何気なく尋ねるとフウはあっさりとそれに応じた。
熱を出しているせいか気も緩くなっているようであった。
「フウさんはどうしたらアステリアに転校してきたんですか」
「一つはパパの仕事の都合かなぁ。あともう一つはぁ……」
「あとは?」
「ウチが前の学校でちょっとやらかしちゃってさぁ。それでいづらくなっちゃったんだよね」
フウは自分が転校してきた理由をイナに明かした。
真面目な話になったからか、喋り方が少しばかり普段に近くなる。
「やらかした、とは具体的に何を」
「前にいた学校に不良の子がいてさ。その子がクラスメイトの気弱い子からカツアゲしようとしてるのをたまたま見ちゃったんだよね。で、それ止めようとして」
「ケガでもさせたんですか?」
「大体合ってるよ。病院に運ばれて全治一ヶ月ぐらいじゃないかな」
フウのやらかしはイナの想像の一歩上を行っていた。
フウは元々正義感のある性格である。
筋の通らない曲がったことが嫌いであり、それは誰に対しても例外ではない。
それが行きすぎてしまったのである。
「ほら、ウチってトラ族だから周りより力が強いじゃん?それに賢くないから上手く収める方法が考えられなくてさ」
トラ族は非常に力が強く、大抵の他種族が真っ向から勝負を挑んでも相手にすらならない。
それが本気で力を振るえばどうなるかなど火を見るよりも明らかであった。
フウにもその自覚はあったがその場の事態を止めるためにはそれしか思いつかなかったのである。
「よく退学にならずに済みましたね」
「病院送りにした子が前からめっちゃ問題起こしててさ。学校もそれ知ってたおかげで三ヶ月の停学と自宅謹慎で済んだよ」
フウはあっけらかんと笑い飛ばした。
彼女が病院送りにした不良は所謂札付きの問題児であり、学校もそれを鑑みて退学の一歩手前で処分を踏みとどまったのである。
しかし三ヶ月も自宅に押し込められるのは身体を動かすのが好きなフウにとってどれだけ苦痛であるかはイナにも想像がついた。
「勉強が遅れているのはそれが理由ですか」
「そうだって言いたいけど、そればかりは元々なんだよねぇ」
イナはフウの学力に理由をつけようとしたが本人があっさりとそれを否定した。
彼女が勉強が苦手なのは元々である。
「このまま戻ってもみんな怖がっちゃうしさ、その少し後でパパが仕事で異動することになったから、じゃあちょうどいいかってことでアステリアに転校してきたってわけ」
フウは過去の行為についてバカなことをしたと思ってはいるが悪いことをしたとは思っていない。
それは語り口を見ればわかることであった。
「多分これ聞いたらクラスのみんな怖がっちゃうだろうからさ、秘密にしておいてくれない?」
フウは珍しくイナに頼み込んできた。
本人は軽く流してはいるがトラ族故に苦悩する一面があることをイナは理解した。
「わかりました。私の口からは絶対に言いません。約束します」
こうして、フウとイナは一つの秘密を共有したのであった。