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白虎ちゃんのお気に入り  作者: 火蛍
白虎ちゃん
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自分の気持ちの正体が分かった

 初めてジムを体験した翌日の朝。

 イナは全身筋肉痛に苛まれていた。

 隣の家は珍しく静かである。


 「うぅ……こんなの初めて……」


 イナはベッドの上で悶絶していた。

 運動強度はさほど高くなかったはずなのに身体が痛むし、まったく意識して動かしていなかったはずの尻尾ですら動かすと根元が痛む。

 仕方がないので今日は一日かけて回復に努めることにした。


 『全身が筋肉痛になったんですが』

  

 イナが冗談半分にフウにメッセージを送ると数秒後に返信が来た。

 相変わらずの早さにイナは感心するばかりである。


 『ウチも微熱でマジしんどい。知恵熱ってヤツ?』


 あちらはあちらで体調を崩しているようであった。

 普段は朝から騒がしい隣の家からフウの声が聞こえてこない理由にも納得である。

 慣れないことをして反動が来たのはお互い様であった。

 

 『お見舞い行きましょうか?』

 『マジ!?助かるー!』


 イナはフウの見舞いに行くことにした。

 見舞いの品は近場で調達でき、家も隣同士なので特別遠出することもない。


 『ではお昼前ぐらいに行きますのでゆっくり休んでいてください』


 イナはメッセージを送って前置きをすると筋肉痛に痛む身体を引きずるようにベッドを抜け出した。

 

 「お母さん、化粧品使ってもいい?」

 「別にいいけど一人で使える?」

 「……使い方教えて」


 イナはフウの見舞いに行くついでに外行き用のメイクの練習をすることにした。

 母を隣につけ、フウは鏡の前でメイクを施す。


 「どこかお出かけ?」

 「うん。友達が体調崩したみたいだからそのお見舞い」

 「お友達って前に気になってるって言ってた子?」

 「うん、まあ……」


 イナは母とのやり取りで言葉を濁した。

 彼女がフウに対して好意以上の何かを感じていることは間違いないがそれが何なのかはまだ自覚できていない。


 「お見舞いに行くときはね、肌を明るく綺麗に見せるの。元気な人がお見舞いに来たって思わせられるように」

 「なるほど……てっきり暗めにするものかと」


 イナの母は娘にメイクを施しながら場面に応じて色遣いを変えることを教えた。

 その言い回しは以前フウが自分にメイクを教えてくれたときと同じである。


 「お母さんは誰にお化粧教えてもらったの?」

 「お祖母ちゃんからね。今のイナみたいに、好きな人の前でおめかししたいって言ったら教えてくれてね」

 「だからそういうのじゃないんだってば……」


 イナは母にいじらしく言葉を返す。

 イナの母はフウのことを知らないため、完全に意中の相手だと思い込んでいた。


 「じゃあ行ってきます」

 「行ってらっしゃい」


 十数分を経てメイクをしてもらったイナは家を出ると見舞い品を購入すべくフウの家とは反対方向に向かった。

 十分程度かけて最寄りのスーパーに立ち寄り、スポーツドリンクとプリンを購入すると店を出てフウにメッセージを送った。


 『今見舞い品を買ってきました。もうすぐ着きます』

 『待ってるー』


 送信から十秒程度の間をおいて返信が来た。

 普段より少しばかり遅いものの、元気そうである。


 踵を返し、フウの家までやって来たイナは呼び鈴を鳴らした。

 リビングの方から足音が聞こえ、フウの母が玄関から顔を覗かせる。


 「こんにちは。フウさんのお見舞いに来ました」

 「あらー。ごめんねわざわざ、フウなら部屋にいるから上がって上がって」


 イナがお辞儀をして用件を伝えるとフウの母はイナを家の中へと招き入れた。

 階段を上がり、フウの部屋を尋ねるとそこには確かにフウの姿があった。


 フウの様子はどこか変であった。

 髪は寝癖が付いたままボサボサで耳は前に垂れさがっており、瞼も少し閉じかかった半開き、顔も熱を帯びて全体的に紅潮していた。

 寝間着らしいゆったりした私服は胸元がはだけかかっており、綺麗なへそ周りがチラチラと覗く。

 端的に言えば非常に無防備で色っぽかった。


 「こんにちは。差し入れを持ってきましたよ」

 「本当ぉ?嬉しいなぁ」

 「とりあえずスポーツドリンクとプリンを買ってきました。本当は貴方に確認しておけばよかったのですがいったんこれで」

 「気にしないで。足りないものは欲しくなったらママに買ってきてもらうから」


 フウは普段と違う舌足らずな喋りでイナと会話していた。

 目がどこか虚ろで首が小さく左右に揺れており、非情に危なっかしい。


 「今日は尻尾にリボンつけてないんですね」

 「うーん。つけるのは外に出るときだけだからぁ」


 フウは自分の尻尾をいじりながら語る。

 彼女が尻尾にリボンを付けるのは外行きのオシャレであるため、自宅にいるときはその限りではない。


 フウはゆっくり身体を動かすとイナの腹回りに抱き着いた。

 あまりに唐突な行動にイナは理解が追い付かない。


 「イナっちー。ウチはイナっちの真面目で優しいところが好きぃ。イナっちが友達になってくれてよかったって思ってるよー」


 フウはイナに抱き着いたまま甘えるように身を委ねて体重をかけるとイナの腹に顔を埋めながら好意を言葉にして発した。

 普段元気なフウの弱った状態から発せられる普段通りの言動はイナの中の何かを刺激するには十分であった。


 「それはずるいですよ……」

 「んー?なぁに?」

 「何でもありません。それより筋肉痛がきついので今日はあまりベタベタしないでほしいんですが」

 「じゃあ今日じゃなかったらいい?」


 フウは自分が弱っているのをいいことにこれでもかとイナに甘える。

 この瞬間、イナは自分がフウに抱いていた感情の正体を理解した。


 (私、フウさんに惚れちゃったんだ……)


 この日、イナはフウに対する友情を超えた好意を自覚したのであった。

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