私たちは互いにないものを持っている
昼過ぎ、カフェに入ったフウとイナはテーブルを確保すると涼しい店内でくつろいでいた。
イナはジムでの疲労が抜けきらずにテーブルに突っ伏している。
「疲れた時は甘いものだよ!」
フウは注文したドリンクをイナの前に差し出した。
イナはそれを受け取るとストローを通してドリンクを摂取した。
胃もたれを起こしそうなほど濃厚な甘みが疲れた身体を癒すように染み渡る。
ストローから口を離したイナは大きくため息をついた。
「生き返ったような気分です……」
「まだ死んでないでしょー?」
フウはイナの様子を観察しながら駄弁る。
彼女は身体を動かしたいという欲求を発散して上機嫌であった。
「アステリアの体力テストっていつやるの?」
「始業式の翌月です。丸一日使って運動漬けですよ」
イナは明後日の方向を見ながら語った。
諦観したような彼女と対照的にフウは目を輝かせている。
「来月かー。うおお!なんだか燃えてきた!」
フウは早くも体力テストに意気込んでいる。
「体力テストの月末は定期試験ですがそちらは大丈夫ですか?」
「えー、萎えること言わないでよー」
イナは定期試験の存在を口にするとフウは一転してげんなりした表情を見せた。
体力テストは間違いなくフウが輝く場所だが定期試験はそうではない。
「イナっちは勉強できていいよねー。ウチなんてテストの点数見るだけで体重落ちそうなのにー」
「そうですか?私は今日初めてフウさんのことを羨ましいと思いましたよ」
フウから羨望の眼差しを向けられたイナはつい本音を零した。
これまで運動はできなくても問題はないと思っていたがそれが思い違いであることが分かった。
自分と違って勉強はさっぱりだがずば抜けた運動能力と体力を持つフウがとても羨ましくてならなかった。
学才の一部と引き換えにその体力を分けてもらいたいと思えるほどであった。
「それってお互い様ってコト?」
「かもしれませんね。私は運動ができるフウさんをすごいと思いますし、フウさんは勉強ができる私のことを羨ましく思ってるみたいですし」
学年トップの成績を持つが体育は平均以下のイナと体育が学年トップクラスだが勉強がとにかく苦手なフウ。
二人は互いにないものをそれぞれ持っており、そこに惹かれあっていた。
「よし決めた!」
フウは何かを思い立ったように叫ぶと携帯を取り出して誰かにメッセージを飛ばした。
送り先はわからない。
「何をしてるんですか?」
「運動部の勧誘全部断った!ウチはイナっちと一緒にいるのがいい!」
フウはメッセージの送り先とその内容を明かした。
送り先は自分に勧誘をかけていた運動部の部員たちであり、イナとの時間を優先することを名目に先送りにしていた回答をこの場で決めたのである。
(なんだろう。この感覚は……)
イナは不思議な感覚を覚えた。
あまりにもその場の閃きで行動を起こすフウのことを愚直だと思いつつも、彼女が数ある部活動ではなく自分を選んだことが内心では嬉しくてならなかった。
「このあとどうする?」
「そうですね……家に帰って一緒に小テストの対策でもしましょうか」
「うぅー。よし、ウチも頑張ってみるぞ!」
イナがこの後の予定を決めるとフウは一瞬苦い表情を見せたものの、すぐに持ち直して意欲を見せた。
ついさっきはイナが苦手な運動に懸命に取り組む姿を見たため、今度は自分が苦手と向き合う番だと考えたのである。
それに加え、イナに教えてもらえるのなら大丈夫だろうという安心感も彼女の中にはあった。
「では決まりですね。今日は数学と歴史をやりましょう」
「オッケー。ならあんまりここでグダグダしてられないね」
フウは席を立つとイナより先に店を飛び出していった。
イナはそんなフウの後姿をゆっくり歩いて追いかけながら家へと帰るのであった。