私たちってどういう風に見られてるんでしょう
昼休み、食堂でフウはまだイナに謝り続けていた。
イナのサラシを解いてしまったことで彼女本来の胸の大きさを露見させてしまい、それが原因で他の生徒からもあらぬ目を向けられる羽目になったためである。
「イナさんってあんなに胸大きかったっけ?」
「まさかあんなすごいもの隠し持ってたなんて」
イナのブレザー越しに主張する胸を見たクラスメイトがひそひそと噂をしていた。
それらはイナの耳にはすべて入ってきており、彼女は恥ずかしい思いでいっぱいであった。
「今朝のことはウチが悪かったからさー。これで許してよー」
フウはイナの前に自腹を切って購入したデザートを並べていた。
今朝の一件でイナを怒らせてしまったことに対する謝罪の品である。
「今回のところはとりあえず許してあげます。いずれは隠せなくなることでしたし」
イナは開き直って今回の件を許すことにした。
彼女はすでに胸をサラシで矯正することを諦めており、サラシを下着代わりに留めてその胸で制服を中から押し上げている。
「ありがとイナっち。お詫びに気合入れてメイク教えてあげるから!」
許しを得たフウは名誉挽回と言わんばかりに言い放つ。
イナはそういうことではないと思いつつもこの場では特に何も言わなかった。
そんなこんなあった日の授業後の休み時間、フウは他のクラスメイトと話をしていた。
彼女がイナとやり取りをするのは主に昼休みと放課後であり、それ以外の時間は他のクラスメイトと絡んでいることの方が多い。
イナはそんなフウの会話の内容にこっそりと聞き耳を立てていた。
「フウさんってイナさんとどういう関係なの?」
クラスメイトのヒツジ族の女子がフウに訊ねた。
イナは耳をピクリと跳ねさせて注意を向けた。
フウが自分をどう見ているのか、周囲から自分とフウの関係がどのように見えているのかはイナ自身も興味があった。
「ウチとイナっちはねー。超仲良しって感じ!」
「昼休みに食堂でめっちゃ謝ってるのみたんだけど、アレはなんだったの?」
「今朝ウチがイナっちのこと怒らせちゃってさー。そのお詫び」
フウは笑いながら語るがそれを聞いていたクラスメイトたちはどよめいた。
トラ族といえば強者の象徴たる種族であり、そのトラ族のフウと対等以上の付き合いができるイナはすごい力を隠し持っているに違いないとミスリードしてしまったのである。
「イナさんを怒らせたって、何したの?」
「んー、内緒」
フウはイナに対してやったことの内容をはぐらかした。
他人の領域にグイグイと踏み込んでくる彼女だが、事前にわかっていればコンプレックスに触れるようなことは明かさない良識はあった。
「どうやってイナさんと仲良くなったの?」
「目が合ったときにイナっちからなんかこう、キラキラーってしたものを感じたからー、それでグイっていったらそのまま自然に。みたいな?」
フウはイナとの距離を詰めるまでの経緯を語った。
彼女の言っていることに間違いはないのだが内容があまりに抽象的すぎて当事者であるイナ以外には理解不能であった。
「イナさんって怖い人なの?今朝フウさんずっと謝ってたし……」
「全然そんなことないよー。今朝はウチが悪いことしちゃっただけだし」
フウはクラスメイトのイナに対する誤解を解こうと弁明した。
イナは校内では寡黙で人付き合いが少ないため、冷たい印象を持たれがちであった。
だがフウはイナが生真面目なだけということを知っているため、そんな印象は微塵も抱いていなかった。
(私って怖いって思われてたんだ)
イナは初めて他のクラスメイトから自分がどう思われているのかを知ることとなった。
地味に、目立たないようにと積み重ねてきた振る舞いの数々が人を遠ざけていたことで自分の認識が少しズレていたことに気付いたのである。
そして放課後、フウはいつものようにイナの席の方へと振り向いてきた。
「やっと終わったー。一緒に帰ろ!」
「はい。荷物だけ置いたらそちらに行きますから」
フウは今朝の約束を思い出させるように言うとバッグを持って立ち上がった。
この後が楽しみでならなかった。
「私たち、超仲良しですか?」
イナは席を立ち、フウの隣に並んで教室を出るとフウに尋ねた。
休み時間のフウと他のクラスメイトとのやり取りで出た言葉がずっと気になっていたのである。
「そりゃもう超仲良しでしょ?イナっちは違うの?」
フウは当然のように答えながら首を傾げた。
そこに深い意味はなく、ただ友情の延長線だとわかってはいるのだがそれでもイナはドキっとさせられる。
「いいえ。超仲良し、ですよね」
イナはどこか満足げにフウの言葉を反復するとそのままフウと一緒に帰路に就くのであった。