第37話 仮病
急に何を言うのか…?
不思議に思いつつも先ほどの母の一言を思い出す。
「そういえば…何で私はこれから自分がアルベール領に行かなきゃならないと確信していたんでしょうか…?確かにアルベール領に違和感を持ってはいましたけれど、今この空間で冷静になって考えてみると他にも私にはやらなければならないことが…!」
「やらなければならないこと、か…」
神は私の心の底、果ては心の裏側までもをじっと見すかすかのように深く深く私を見つめてくる。
「…お前が確信しているのであれば、行かない理由にはならないだろう。」
神の、少し的の外れた回答に若干違和感はいだいたもののそんなことを追求するまもなく、視界は白に覆われ、私はいつの間にか元の世界に戻ってきていた。
目の前には両親がいる。
…心なしか、先ほどより神妙な顔をしている気がした。
けれども、私の意識がこちらに戻ったのに、両親が全く心配していない様子からして私はあの世界にいた間気を失っていたと言うわけではなかったのだろう。あちらの時間は止まっていたのだろう。
「それならば、家族全員でアルベール領に行きましょう。」
……?
お母様が先程までのアルベール領についての疑問をなかったことのようにして私にそう言った。
いや、と言うより納得したと言う方が正しいのだろうか。
先程まで私には意識がなく両親と会話は一切していない。
なのに何故お母様はアルベール領にいく理由に納得している?
そして家族全員でアルベール領に行くことになっている…?
………何が起こっている…?
困惑する私を置いてけぼりにして両親はいつ出立するかについて話し合っていた。
「お、おとうさ…」
アルベール領に行くことだけを考えろ…早く。
頭の中で、そんな声が聞こえたような気がした。
…あれ、私今まで何を考えていたのだっけ…
…そんなこと考えている暇はないわ。早く…アルベール領に行かないと…
「――あぁ…だから私たち全員がアルベール領にいけるのは早くても1ヶ月後になるが…」
「ですが、この日は…」
お母様たちの話し声に耳を傾ける。
家族全員のスケジュールが合う日を探しているのだろう。
短くとも3日は移動・調査をするのであれば欲しいところだが…
……これからレオンは邸宅でアルグランデ公爵家の養子として毎日勉強漬けになるだろうから、当分は社交の場に出ることもないであろうし、一応予定は空いていると言うことにしておいて…
一通り覚えてある両親の年間及び月間スケジュールを思い出す。
…これから1番はやく両親のスケジュールが奇跡的に3日間合う日…家族全員でアルベール領にいけるのは、ちょうど1ヶ月後の三日間…
そして、その中日に半年に一度のアシュルス殿下との交流茶会が私の予定として入っている。
「……」
もしこの機会を逃すとなれば次家族全員の3日の予定が合う日は…10ヶ月後。だめだ。その時期ではもう目的の年代物の葡萄酒の生産などとうに終わってしまっている。
行かなければ。絶対に。
「アシュルス殿下には、年に2度の婚約者同士のお茶会へ行けないことについて断りを入れておきたいところですが…こんな不明瞭な理由では反逆罪さえ疑われかねないでしょう。」
「「ニファ…」」
両親もどうしたものかと頭を抱える。
けれど、この機を逃してはならない…!
で、あれば…!
「ですから私は、殿下とのお茶会を病気欠席…偽りの病弱演技します…!」
「な、何だって…!?」
「に、ニファ…、いくら何でもそれは…!」
確かに王族を面と向かって拒むのではなく、嘘で謀るのはより重罪と言えるだろう。
けれど…
「この国のためです!絶対にここで行かなければならない!家族全員で!」
「「に、ニファ…!」」
****ニフェル達のいる部屋地1番近い生垣にて****
その頃、さも当たり前かのようにトラフィズ領から戻るニフェルの馬車に付き添い(またの名をストーカー)、公爵家を訪問(またの名を不法侵入)し、公爵一家の会話を聞いていた(またの名を盗聴)のは、この国の王族にして、皇位継承者、アシュルス・ベルタリー。
彼も一応は皇太子。いわば紳士の振る舞いとして、秘密話は聞かないようにする主義であったのだが、アルベール領に行こうと必死なニフェルの声が大きすぎて、聞こえてしまったのだ。それはもう、話が断片的に…
『アシュルス殿下…は…婚約者…断り…』
…?何と言っているんだ?私のニファは……
……婚約者お断り…?
え、まさか…私との婚約が嫌になってしまったのか…?いやいやそんなわけ…
アシュルスはまさかと思い、爆速で部屋の窓の直下に張り付…近くに寄って会話を(盗み)聴く。
『ですから私は、殿下とのお茶会を病気欠席…偽りの病弱演技します…!』
「…え?」




