第35話 お父様
私は一通り泣いて、取り乱していた心に整理がついた。深呼吸をして息を整える。
「…落ち着いたか?これでもうこの話は終わりだ。ニファ、お前がこれからしなければならないこと、それを私たちにも教えてくれ。」
帝国中で私以外誰も神と対話をしていないと言うのにお父様は私の手紙を信じてまっすぐな目でそういった。
お母様も背中に優しく手を添えている。
「……はい…!」
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「――なるほど、大体の内容はわかった…要するに殿下が大きな精神的ダメージをあの神の愛し子と言われていた女から受けることで、化け物と化して帝国中に毒を振り撒き人々を殺していくと言うことか…。」
「はい、それから…最初神から聞いた時にはあまりの情報の多さに気づかなかったのですが、彼は確かに『魔力』と言う言葉を使っていたんです」
私の一言にお母様が驚きの表情を見せる。
「!…魔力といえば、この大陸にかつて民たちが使っていたという魔法の動力源…数百年前の大陸中を巻き込む大きな争いに嘆いた神々が取り上げた、という童話があるけれど、それ以外では聞いたこともないわ。それが実際に存在していると言うことなの…?」
いつも余裕な微笑みを浮かべているお母様が珍しく眉を顰め神妙な面をしていた。
「…?あるぞ。」
お父様が言った。
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「え、お父様、今なんて…」
「だから、魔力とか魔法とか…今でも本当に存在するぞ。」
「「何ですって??」」
女2人の威圧にお父様が怯えるように言った。
「魔力、魔法っていうのは私たちは使うことができないが…皇族は今でも魔法を使うことができるぞ。魔法の個性というものがあって大体1人に1つの魔法が使えるそうだ…。歴代皇帝の中にも、異様に身体能力の高い王がいたり、雨が降る日を予言していたりする王がいるだろう?それも全てその魔法を使っているんだ。…だから皇太子殿下も魔法を使うことがおそらくできるんだろう。」
そんな…まさか空想の産物だと思っていた『魔法』がこの世にあるだなんて、今までこの帝国に所蔵されている本は読み尽くして、豊富な知識を持っているという自負はあったが流石にそれは初耳だ。
……というか、
「なぜ、今まで教えてくださらなかったのですか?」
先ほどのお父様の言い方、中枢貴族、その中でも家長のみしか知り得ない機密情報を言う口ぶりではなかった。
なぜ今頃になってそのようなことを言うのか…?
…お父様も最近聞いたとか…?
それともまさか…
「あぁ………忘れてた。」
格好をつけた顔でお父様は仰った…
……やはりか。そんな重要情報3歳の時にでも教えて欲しかった、と思わず天井を仰いでしまう。
(やはり、武のアルグランデなだけある…)
ベルタリー帝国を支える2つの柱のうちの一本、アルグランデ家。
この公爵家の1番の特徴が筋肉を愛し、愛される家系のものであること。
凡人とは比べ物にならない脅威的な身体能力と天性の運動センスでアルグランデ家はどの戦場でも勝ち星を上げ続けている。
……そんなアルグランデ家には大体3世代に1人、知略に長けたタイプのアルグランデの人間が生まれる。
そして、この3世代に1名の知力、つまり参謀担当は大体死因が過労死である。(私個人としては、そこまで仕事量は過労死するほどのではないと感じている。)
理由は明白。
他の家族があまりにもアホだから。
ここで定義されるアホというのは戦馬に無鉄砲に飛び込んでいくタイプのことを言っているわけではない。
怪しい壺を買わされるタイプのアホである。
戦に関しては参謀担当の作戦も完璧に理解しそれを応用することさえできる者たちなのだが、戦が絡まなくなった瞬間彼らの頭は知能指数が3分の一以下となる。
これによって各地のアルグランデ家直系および分家の後始末の量は膨大な量となってしまい、それによって過労死してしまうのだ。
つまり、ここで私が何を言いたかったのかというと、お父様は、アホなのである。
「本当にすまないと思ってる。完全に忘れていた。」
「「……」」
少し前まで目も鋭く真剣な表情だったというのに今はもう、なんか心なしか口角がふにゃふにゃして眉毛が下がって余計アホの容貌となっている。
お母様も流石にキレそうになっていたので、少々話の路線を変えていこう。
「ま、魔力についてはお父様にまた後々聞いていきます…!今はとりあえず、今解決できる問題を解決しにいきたいです!」
先ほど、弟に会った時に思い出した違和感…アルベール領を、見に行かなければならない。
必ずそこに葡萄酒がなくなっていた理由があるはず…!
「なるほど、アルベール領の葡萄酒…か。確かにあの領は毎年15年熟成のワインを販売しているよな…そして今年がその皇太子殿下が化け物になる時のパーティで本来なら出されるはずだった葡萄酒が作られる年と言うわけか…」
先程まで塵にも役に立ちなさそうだったお父様が外交が絡んできたからか急に賢そうになっていた。
(切り替えの速さにも限度がある…)と少々白い目で見ていると、お母様が不思議そうに言った。
「…ねぇ。」




