第33話 弟との初対面
……家へ到着した。
一応この国の将来にも関わりかねない重要な案件を処理した後だ。
流石に、弟が来るのをほんの少し忘れていたくらいでは…咎められは…しない…だろう…
屋敷のドアが開く。
口角が少々引き攣った。
「おかえり」黄金色の長髪を緩く括って、薄い水色の瞳を持ち、少し儚い雰囲気すら漂う(中身は圧倒的脳筋)、世間一般にいう『イケオジ』のお父様。
「お帰りなさい」少しウェーブのかかった私と同じ白髪に、薄紫色の瞳を持ち、その高潔な雰囲気から社交界の番長(果たして誉めているのだろうか)と呼ばれているお母様。
2人は門の前で仲良く腕を組んで仁王立ちをして、私を迎えた…
「「ニフェル・アルグランデ…!」」
「ただいま帰りました…お父様、お母様…」
これは2時間お説教ルートだなと理解し、抵抗するすべもなく私は両親に引きずられていった。
(…確かに私がこの家の将来を担うことになる弟との顔合わせを完全に忘れていたことと、そもそもこの家を出る時に直接的に何も言わずに出ていったことについては、申し訳ないと思っている。けれども、私はこの先この帝国を守っていくためにやらねばならないことが沢山あって、それを考慮した上で…)
引きずられながら頭の中でブツクサと文句を垂れていると、いつの間にか部屋に着いたようで私はソファに乗せられた。
私は不満の意を示すために全く正面を向こうとしなかった。
お父様がため息をつきつつも、優しい口調で言った。
「ほら、ニファ。前をむきなさい」
目の前にお父様の大きな足と…隣に細くて小さな足が見えた。
ゆっくり顔を上げていくと私の前にはお父様ともう1人、小さな男の子が座っていた。
(あ……)
目が合った。
お母様より少し濃い紫色の瞳。
どうも怯えているようで一瞬で目を逸らされてしまった。
お父様に視線を送られ、私は自己紹介をする。
「初めまして…私は、ニフェル・アルグランデ。あなたの一つ上のお姉さんよ。これからよろしくね。レオン!」
「…!は、初めまして!レオン・アルベール…レオン・アルグランデです!」
良かった。1年ほど前にお父様の部屋に入った時に書斎の束におそらく養子候補たちの調査書であろうものが置かれていて、そこにこのサンドベージュに紫色の瞳をしたレオン・アルベール…(今はレオン・アルグランデね)彼のものもあったのを目にしていたから。
よもや弟との初対面をバックれて、弟の名前さえ知らないと言えば、私はこの後2時間説教タイム+3時間のボーナス説教タイムが待っていたことであろう。
けれども私も、彼の名前を本当にたまたま覚えていたというわけではない。正確にいうと、少し前に思い出す機会があった。
彼の出身家・アルベール領に、何か引っ掛かるものを感じていたからだ。
トラフィズ領と同様にあの未来を見てから気づいた、違和感。
あの場所・来場客…様々な条件を鑑みるに、あの時行われていたのはおそらく、一年に一度王宮で開催されるダンスパーティー。
ダンスパーティーなどと称してはいるものの、その中身は各地方の特産品の品評会。
毎年地方の有力貴族たちが中央の貴族に今年出来の良かった産物を提供し、出荷先を確保するためのパーティーだ。
アルベール領は国内有数の農業地帯として有名だ。
特に貴族にウケるのが葡萄酒。
その年にできた葡萄酒もさることながら、毎年15年前から独自の技術で完璧に熟成させておいた葡萄酒を数量限定で中央の貴族に通常品の何十倍の値段で売りつけるのだから商売上手なものである。
……けれどもあの時、いつもならアルベール領の葡萄酒が置いてあったところには代わりにハーブティーが置かれていた。
確かにハーブティーもまた、中央の貴族、特にお茶会を楽しみたお貴婦人方に人気の品だ。 けれどもこのパーティーは特産物の仕入れや出荷など、政治的な話が絡んでくることが多いものなので、毎日のようにパーティーをやっている中央の貴婦人方はわざわざこのパーティーに来ない。
たとえ仕入れ先を確保したとしても、その利益は単価も高い葡萄酒と比べると大きな落差がある。
それに、もしあの年がたまたまブドウが不作だったとしても毎年恒例の15年熟成葡萄酒があるはず…
なぜそれがなかったのか…
…それとも、できなかった?
彼が養子に来たことも、これに関係してくるのかしら。
先程までの恐怖心は彼になく、その目に宿らされているのは伝えてもいない自分の名前をしていたことへの感動が詰まっていた…
その熱い目線に思わずたじろぐ。
……アルベール領名物・15年熟成葡萄酒…あの年のものができるのは…
ちょうど、今年。




