第32話 王都に帰還
連日の疲労からか、あの1秒ごとに体の芯にまで響き渡る振動をも乗り越えて私は眠りについていた。
だんだんと聞こえてくる笑い声と、違和感のあるほどに揺れなくなった馬車で目が覚め、窓の外を見ると、明るいオレンジ色のレンガ壁に沿うようにしてたくさんの店が並んでいる。
真っ赤なリンゴが山のように積み重ねられ、その隣には少し褐色肌をした異国の男が色とりどりの物珍しい壺を売っている。売り子達の叫ぶ声が馬車の中にまで響き渡り、子供達は赤青黄色のキャンディーを持って無邪気に走っている。
どうやら王都に帰って来たようだ。
道路も滑らかに舗装されているため今までより断然快適に乗車することができた。
しかしあまりにも揺れがなくなったものだから逆に居心地が悪く感じてしまっていた。
通りの家の標識を通り抜けざまに確認する。あと少しで我が家に着くらしい。
「あぁ、もう着くのね、我が家に。」
私たちアルグランデ領は王都の目と鼻の先。
王都の別邸と自領の本邸までの距離は9時間ほどで、ほかの領と比べれば比較的近い距離である。
しかしアルグランデ家の先祖の方々は『いつ何時であっても‘武‘のアルグランデは王家とともに!』と公言し、アルグランデ領の本邸をそこら辺の田舎伯爵家あたりの大きさとしょぼさにわざわざ改造し、別邸をその何十倍もの豪華さで作った。これによって(半強制的に)私たちは公爵家としてのプライドに欠ける本邸より、王都にすむ期間の方が多くなった。
流石に本邸をオンボロに建築し直すのはどうかと思うが、これは確かにいい判断なのである。
大陸一の大国・エルダリー帝国がここまで大きな勢力となった理由は1つ。
‘知’と‘武’の力がどちらも強大であったこと。これは外交的にも、もちろん軍事的にも、である。
エルダリー王家を支える2つの公爵家。『‘武’のアルグランデ』と『‘知’のベンサム』。
王都がベルタリー帝国の中心に位置するとき、その南北を挟むようにこの二つの公爵領は位置している。
ベンサムは海を利用して、陸にはない新しい知識を日々追い求め、交易・交渉を行なっている。
そして、アルグランデは内陸部から他国を牽制など、主に国の武を担当しているわけだ。
いくらアルグランデ領が王都に近いといっても片道約9時間。
王都内で何か起こった場合の対処は遅れる可能性もある。
そのため、アルグランデ家別邸にいるのもとても重要なのである(本音を言うと、会議やらなんやらで毎度毎度 呼び出されるのが面倒だったらしい)。
もちろん、他国からの進撃があった場合、指揮者がいないとそれはそれで困るので、アルグランデ家には必ず子供が2人いて、長子が王都で王家を守護。下の子が領地で国を防衛する、という役割を担うことになっている。今代は今現在アルグランデ家には私以外の子供がいないため、アルグランデ家の傍系の優秀な男児を養子として近々、迎えることになった。
めでたい出来事だ。
次の満月の日…この国を守るとされている守護神の名前のついた祝日に迎え入れる予定だったはず…
?
「あら?レイヴン。そういえば今月のアムネイアっていつだったかしら…?」
レイヴンが急に何事かと訝しげな表情を浮かべたのち、少々まずいといった表情でメガネを押し上げながら言った。
「…3日前です。」
私は空に広がる晴天を仰ぎながら思った。
――――――やらかした……




