第31話 緑、時々彩色。
レイヴンが少し視線を彷徨わせながら、口を開いた。
「…お嬢様、」
期待を抱きつつも、それを声色に出さないように慎重に返事をした。
「えぇ。どうしたの?レイヴン。」
「…トラフィズ領でのシャンデリアの一件は、解決したのでしょうか?」
――そっちだったか…
そうか、先ほどまで王都まで戻ってキース・トラフィズを連行してきたのだから今までの出来事、何が起きていたのか把握していないのか。
期待が空回りしたことに若干肩を落としつつも、一昨日、昨日でずっと寝転がっているだけの空虚な時間で永遠と整理していたこの話をしていれば気が紛れると考え、気持ちを切り替えてレイヴンの方を向いた。
「そうね、シナリオは把握したわ。…まず、シャンデリアを求めていたのはトラフィズ侯爵家ではなく、これからの5年程度でこの領と親睦を深めることになる(予定だった)フィルスフィア…。この国よ。」
レイヴンがこちらをまっすぐと見ながら真剣に聞いている。
「…それは、何故でしょうか?」
「実は一昨日の夜、侯爵邸に1番近かった街へ行ったのだけれど…その話は他の人から聞いているかしら?」
「はい。一通りは。お嬢様達が街でフェール教信者達を目撃して攻撃された件ですよね。…町民も一名亡くなられたとか。」
心の中で胸を撫で下ろす。
良かった。使用人あっちが甘いように言いふくめてくれたようだ。
レイヴンに夜に1人で、しかも街の居酒屋に近づいて、信者達にも自分から探しにいきましたなんて言ってみれば、説教間違いなしである。
少し前のめりになっていた上半身を気持ち整えて咳払いをした。
「そう、その時のフェール信者のいた川の中をトラフィズ家の人が調査したんだけれど、そこでほら、これ。」
そう言いながら私は右隣に置いていた少し膨らみを持ったハンカチーフをレイヴンに開いてみせた。
レイヴンの親指の4分の1くらいの大きさの透き通った結晶。
その中には千変万化の輝きをもつ幾筋もの光が閉じ込められている。
「ダイアモンド…ですか?」
「えぇ。」
そして、どんな小さな光であっても特殊な技術で光を大きくして辺りを満遍なく照らすこのダイアモンドは…
「…アルグランデ領のものよ。」
どうしてダイアモンドを、しかも比較的値段の張るアルグランデ領のものをあえて所有し、あのような儀式に使うのか、そこは不明だが、私の考えるあらすじはこうだ。
「理由はわからないけれど、フィルスフィアは我がアルグランデ領のダイアモンドに執着している。
そしてこれから先何年も取り寄せていくんでしょうが、これから先10年あたりでおそらくフィルスフィアと大きく対立することになるわ。
未来を見た時、フィルスフィアから嫁入りしてきていたはずの方々が1人もいなかったの。
その対立によってこちらのダイアモンドを輸入できなくなった。
そこでフィルスフィアはあらかじめベルタリー帝国の傀儡としようと洗脳しておいたトラフィズ領、そしてトラフィズ侯爵にあのダイアモンドが豊富につけられたシャンデリアを盗んでくるよう指示する。
自国のスパイを送るよりも、洗脳済みの侯爵1人動かす方がよっぽど容易なことでしょう。そして入れ替えられるシャンデリアは侯爵邸の客室のもの。
一昨日からベッドで横になっていると妙に使用人達に顔色が悪いと心配されたの。確認したら未来の王宮にあったものと同じもの。
侯爵に聞いたらフィルスフィア製のもので間違いないそうよ。
なんでも7年ほど前、次期教皇が決定したとかで送られてきた品だったそうで…
それにしても大層な贈り物だったから少し腰が引けたので客室に飾ることにしたのだとか。」
「…未来でシャンデリアが盗まれる出来事が起きる要因がこの送られてきたシャンデリアだとしたら…」
「えぇ…怪しいのは、フィルスフィア次期教皇、リシェル・シェリックだわ…」
次期教皇…その言葉に思わず尻込みする。
フィルスフィアの国教でもあるフェール教。
その信者は国内だけにとどまらない。
そんな強大な集団の次期リーダーが大陸一の勢力である帝国に攻撃したとなれば、争いが起きることもありうる。
もし私のこの推測が正しければ、あの未来の裏側には、非常に強大な権力が動いていることになる。
この先の未来への不安がだんだん募り、馬車の中は急に静かになった。
聞こえてくるのは馬車の揺れる音だけ。
窓の外では私たちの心情など気にもせず、相も変わらず鮮やかな緑、時々彩色。




